箱根駅伝11位の東京国際大・大志田秀次監督が退任 後任は83歳の横溝三郎総監督

スポーツ報知
今年の箱根駅伝で11位に終わった東京国際大

 今年の第99回箱根駅伝(2、3日)で11位となり、4年ぶりにシード権(10位以内)を逃した東京国際大の大志田秀次監督(60)が退任することが18日、分かった。今年度の学生3大駅伝では出雲駅伝(昨年10月)8位、全日本大学駅伝(11月)11位と上位争いに絡めなかったことで責任を取る形となった。後任は83歳の大ベテランの横溝三郎総監督が務める。

 中大出身の大志田監督は2011年に東京国際大駅伝部の創部と同時に就任。同じく中大OBの横溝総監督と共にチームを一から作り上げた。箱根駅伝には16年に初出場。20年に5位となり、初のシード権を獲得すると、3年連続でシード権を確保。21年には初出場の出雲駅伝で3大駅伝通じて初優勝に導いた。

 選手に寄り添った大志田監督の丁寧な指導には定評がある。教え子の伊藤達彦(現ホンダ)は静岡・浜松商高時代は全国レベルではなかったが、大学時代に学生トップクラスの選手に成長し、卒業後の21年には東京五輪1万メートル代表となった。ケニア人留学生のイェゴン・ヴィンセント(4年)は箱根駅伝で2~4区の区間記録保持者になるなど大活躍。もうひとりのケニア人留学生のルカ・ムセンビ(4年)は同期のヴィンセントの陰に隠れ、箱根駅伝には一度も出場できなかったが、昨年8月の北海道マラソンでは初挑戦で初優勝を飾った。チーム全体の強化に加え、選手個々の育成にも尽力した。

 確かに今年度は物足りない結果に終わったが、昨年度は出雲路を制し、箱根路でも2度目の5位と健闘した。抜群の指導力を持ち、大学駅伝界では誰もが一目を置く大志田監督が事実上の引責辞任となったことに大学駅伝界では驚きの声が広がっている。

 後任は横溝総監督。箱根駅伝で6連覇(1959~64年)を果たした中大黄金期のエースで4年連続(59~62年)で優勝メンバーに名を連ねた。経験豊富な優れた指導者ではあることは間違いないが、すでに83歳の大ベテラン。20年に77歳(当時)で日大監督に就任した青葉昌幸監督を超える高齢指導者となる。駒大OBの松村拓希コーチと中京大OBの中村勇太コーチが横溝監督を支える。

 関係者によると、横溝監督は暫定的な監督で、今後、新たな監督が就任する可能性もあるという。東京国際大は、大志田監督が現場を去ることで、大きな曲がり角を迎えた。

 ◆東京国際大 1965年、国際商科大として創立。86年から現校名。2008年に野球部の監督に元広島の古葉竹識氏を招くなど複数の運動部を強化。駅伝部は2011年に中大OBの横溝三郎総監督、大志田秀次監督の指導体制で創部。箱根駅伝には16年に初出場(17位)。20年に5位で初のシード権を獲得。21年、初出場の出雲駅伝で3大駅伝通じて初優勝。全日本大学駅伝には19年に初出場し、4位。タスキの色は紺青。大学の主なOBは作家の横山秀夫さん。主な駅伝部OBは東京五輪男子1万メートル代表の伊藤達彦。

 ◆横溝 三郎(よこみぞ・さぶろう)1939年12月9日、横浜市生まれ。83歳。58年、横浜高から中大に入学。箱根駅伝は1年3区2位、2年5区8位、3年6区2位、4年10区区間賞で、いずれもチームは優勝した。62年に卒業し、リッカーミシンに入社。64年東京五輪3000メートル障害に出場(予選敗退)。引退後、中大コーチ、松下通信(現パナソニック)監督などを務めた。また、日本テレビの箱根駅伝解説者としても活躍。2011年、東京国際大の総監督に就任。

 ◆大志田 秀次(おおしだ・しゅうじ)1962年5月27日、岩手・盛岡市生まれ。60歳。81年、盛岡工高から中大に入学。箱根駅伝は3年1区11位、4年8区1位。85年に卒業し、ホンダに入社。86年アジア大会1500メートルで金メダル。89年に引退。91~2001年にホンダコーチ。94~99年は中大コーチを兼任し、96年の箱根駅伝優勝に貢献した。2011年、東京国際大の監督に就任。温厚な性格で日本陸上界で大志田監督の悪口を言う人はいないとされる。

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