尾上菊五郎、10月末で閉館の国立劇場には役者と観客、役者同士が心通わせる「温かみ」がある

スポーツ報知
“遠山の金さん”を演じる尾上菊五郎。片肌脱ぐ有名な場面(国立劇場提供)

 建て替えのため、10月末でいったん閉館する国立劇場(東京・隼町)。昨秋からさよなら公演が続くが、今月は“遠山の金さん”を主人公にした「遠山桜天保日記」(27日まで)を上演中だ。ここで17回の新春公演など最多出演の尾上菊五郎(80)に話を聞いた。1966年の開場時からの“初代国立”を知り尽くす菊五郎が劇場の生命線と考えるのは「温かみ」。少し抽象的にも聞こえるが「温かみ」には深い意味があった。(内野 小百美)

 菊五郎は2008年以来、15年ぶりの金さん役で連日、劇場を沸かせている。桜吹雪の片肌脱ぎの名場面。それらしき動作が始まっただけで、観客がざわつく。序幕から大詰めまで全6幕。「芝居のテンポが肝心。『殿様金次』のセリフで、つい“殿さまキングス”と言いそうになるから気をつけてる。金さんはよく知られた人物だし、孫たちの世代も皆、出られる演目で良かったよ」。器の大きさを感じさせるところは金さんと演者がダブって見える。

 菊五郎は、17回目の国立劇場での初芝居など最多出演者。今年でいったん見納めとなるが、「1月を任されて毎年悩むけれど、うち(音羽屋)にとっちゃあ、ありがたい。新春公演を楽しみに待ってくれるお客さんも付いてくれて。それだけに喜んで帰ってほしいんだよね」

 1966年。完成したばかりの国立劇場に足を踏み入れたときの印象を覚えている。当時24歳。「舞台から客席を見たとき、歌舞伎座のような提灯(ちょうちん)も飾れないだろ。廊下も広くて何か倉庫のような冷たい感じがして。最初の頃は好きになれなかったんだよ。でも年月とともに、劇場に大事な“温かみ”に変化していったと思うな」

 劇場の歴史は、舞台の役者と観客が同じ空間を共有する中でつくられていく。同じ空間は二度となく、毎回が奇跡の時間ともいえる。菊五郎の言う「温かみ」は「熱気」の意味にも近い。歴史を積み重ねる間に、国立ならではの「温かみ」をまとってきた。劇場は命を吹き込まれ、呼吸し続ける「生き物」という考えだ。

 生まれ変わる劇場のことと並行して頭をよぎることがある。「この先、(歌舞伎界は)どうなっていくのか、というのは考えるよね。これまでそうだったように時代、時代に必ず、誰かが出てくるんだろうけどね」

 菊五郎は「一切、インターネットの類いをやらない」という。「分からないことがあれば、みんな器用にタッタッとすぐ調べてるよな。俺は電話だって、今もスマホじゃなくてガラケー。でも全然不自由は感じないから(SNSには)触らない。何か“こわい”んだよ」

 菊五郎のいう「こわさ」は、どうやらネットアレルギー的なものとは違うようだ。依存することで逆に見失うものがあるのではないか、という疑問を含む。ネットとは異なるが、芸を教わる上でも昨今、変化が生じている。今は歌舞伎の映像が無限にある。先輩に教わるときにはセリフも動きも把握していることがほとんどだという。

 「映像も便利だと思う。昔、全く無地な状態で先輩から教わるときは聞き逃すまいという気持ちが働いた。このところコロナの影響もあって楽屋も自由に行き来できない。今の状態が続けば先輩、後輩の関係が薄くなるように思えてな」。分からないことがあれば、ネットで瞬時に分かる時代。しかし、悩みに悩み、蛇行しながら答えを探し出す遠回りが人を豊かにさせることもある。

 感動は、舞台上の役者が観客と心を通わせる中で生まれる。作り手同士も、作品の完成までにどこまで心を通わせられるか。それが菊五郎の意味する「温かみ」に通じるということだろう。生まれ変わる劇場について積極的に意見を言う一方、「新しいのができたとき、俺なんか、もう生きてねぇよ」と言い放つ。しかし、これには「次世代、頼んだぞ」が隠されている。「そりゃね、どうなるのか、見たい気持ちはあるけどな」。取材の最後に少しだけ、本心がのぞいた。

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