【襷の記憶】第1回箱根駅伝は1920年2月14日に4校で号砲 東京高師が往路8分27秒差を大逆転V

スポーツ報知
1920年2月15日付の報知新聞

◆1920年第1回・東京高等師範初代V

 99回の歴史を誇る箱根駅伝を「襷の記憶」として振り返る。初回は1920年に開催された第1回大会。

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 2月14日午後1時。東京・有楽町の報知新聞社(現・読売会館)前に4校の選手が現れた。ストックホルム五輪マラソン代表の金栗四三氏の発声で、スタートを切る。箱根関所前まで往復122マイル(約196・4キロ)の「四大校対抗駅伝競走」が箱根駅伝の始まりだ。五輪で途中棄権に終わった金栗氏は「世界に通用するランナー」の育成を夢見た。その一環で浮かんだアイデアが米横断駅伝。それに挑む学生を募り、筑波大のルーツとなる東京高等師範(高師)、明大、早大、慶大の4校が名乗りを上げた。

 往路は明大が高師に大差をつけて7時間30分36秒で制覇。雪中で展開された復路でも明大が力を見せ、10区スタート時点で約11分30秒のリードを広げた。だが、高師のアンカー・茂木善作が、懸命に差を詰めてゴールまで1キロを切った新橋付近で逆転。15時間5分16秒で初代王者に輝いた。米横断駅伝は実現しなかったが、往路終了時点の8分27秒差逆転は、いまだに破られていない大記録だ。

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