ふかわりょうが「週5日制」を提唱する理由「平日3日、休日2日で社会の彩りが変わる」…インタビュー後編

スポーツ報知
最新エッセイ集の中で「週7日制」から「週5日制」への変更を提唱するふかわりょう。その真意とは(カメラ・小泉 洋樹)

 エッセイ集「ひとりで生きると決めたんだ」(新潮社・1540円)が話題のタレント・ふかわりょう(48)へのインタビュー後編。現状の「週7日制」から「週5日制」への変更を提唱する理由、「仕事は4割」と説くその意図、さらには50歳以降の生き方について聞いてみた。(加藤 弘士)

 ◇平日をワルツのリズムで乗り越える社会に

 「ひとりで生きると決めたんだ」というタイトル。しかし現実には、そう決めたところで、人は人と突然出会い、結ばれてしまうこともある。また22の珠玉のエッセイを読み終えて浮かぶのは、「重箱の隅に宇宙を感じる」ふかわの眼差しが、もしも家族ができた際にどう変わるのか、どんな言葉を紡ぐのか、読んでみたいというお節介な要望だ。

 「割とマイペースなので、そのペースが乱された時に何と出会うのか。小さい虫とか一枚の葉っぱに、見向きもしなくなるかもしれないですし。我が子を目にした時、我が子の中に重箱の隅の何かを見出すかもしれないですしね」

 だが本書は、生きとし生けるものへの愛に包まれただけのエッセイ集ではない。ふかわは本書の中で「週7日制」から「週5日制」への変更を提唱。「平日が3日、休日が2日」とすることで、平日を「1・2・3」と、心躍らせるワルツのリズムで乗り越える社会になるよう、訴えている。

 「これに関心を持って下さっている人が意外と多かったりするんです。ただ厄介なことに私、結構本気で思っていて、どうにかしてできないかなあって…。同じメロディーでも、カバーとかでリズムを変えたりすると、彩りが変わるんですよ。この社会のリズムを変えたら、違う彩りになると。平日をワルツにしたらいいのにって、そこはすごく自分の中で、ワクワクするんですよね。本当にいつか、やってみたいというか。しかもこれは結構前から、思っていることなんです」

 「人生は弱火で」が持論。「4割の力で仕事をしてないと、体も心も保ちません」と「仕事は4割」を貫く。とはいえ、いくらなんでも、4割って少なすぎやしませんか。せめて8割か7割では…。

 「基本は4割ぐらいがいいんじゃないかと。以前の残業が美徳だった時代は、過ぎ去りつつありますよね。無理をするのがつらいので、深夜に眠気と闘いながら原稿を書く、曲を作るのって一切しないんです。つらいのは、嫌なんですよ。つらさと闘うエネルギーがあったら、それは創作に生かしたいので」

 しかし、この持論には注意点もあると強調した。

 「ただ、1度でも10割出したのか?というのはありますよね。1度MAXを経験したからこそ、4割という加減が分かるので。それを知っていることは、生きる上で大事だと思います」

 ◇50歳が乾いた景色でも、それはそれでいい

 来年には50歳になる。今年は40代ラストイヤー。これからどう生きていこうか。同世代の誰もが考える時期に差し掛かった。

 「50というのが、まあまあ今までの節目の中で、一番見晴らしが気になるんですよ。50の突きつけられる圧は、相当なわけで。50歳の景色を見た時、いろんな感情が生まれると思うんですよ。その見晴らしは不安もありますが、全部ひっくるめて、楽しみなんです。瑞々しくなくても、乾いた景色でも、それはそれでいいなって」

 人生の折り返し地点以降は、海外で暮らすことも以前は選択肢にあったという。

 「アイスランドで羊たちに囲まれて…と考えていました。数年でも向こうに身を置いて、四季なり季節の移ろいを感じられたら、というのがあったんですけど。いろいろ話を聞くと、60代半ばになったら近所に病院がある方がいい、みたいな(笑)。アイスランドで暮らすなら、足腰の強いうちに3年なり行って、また地元の綱島に戻った方がいいかなと。綱島は病院の街になりつつあって、あらゆる診療所が近くにあるんです。一つのビルに眼科、内科、整形外科と全部入っていたりしますんで」

 新たにチャレンジしたいことを聞くと、数分間の熟考の上、こう答えた。

 「最近、近くの商店街の方たちと仲良くなりつつあるんです。昔は必要なものを買って帰るだけだったんですが、ある時から『コミュニケーションを大事にしよう』となって。さらに親睦を深めて、商店街のお祭りとかに率先して参加するようにしたいですね。アナログなコミュニケーション。すごくみんな優しくしてくれるので。商店街での立ち位置を固めていきたいですね。多分、なんか潤いを探しているんだと思います」

【取材後記】

 ふかわさんと会うのは夢だった。面識はないが、慶大の同級生。学生時代から「ラテンアメリカ(音楽研究会)のふかわがヤバい」と噂になっていて、一方的に気になる同期の星だった。大学卒業後、きつい仕事を終えて帰宅後に見るテレ朝「内村プロデュース」は生きる喜びだった。ふかわさんは体を張って笑いを取っていた。ふかわ、すげえよ。俺も頑張るよ。勝手に勇気を注入して、明日への活力にしていた。

 あれからどれくらい経ったのだろう。沈む夕日をいくつ数えたろう。いつの間にか僕らも若いつもりが年を取った。50代という未体験ゾーンを迎える前に、ふかわさんに会えて良かった。ICレコーダーを再生すると、いつもより緊張して早口になっている自分がいた。当然だ。同期の星なんだ。輝きの前に平常心でいられるわけがない。

 最近、周囲の同世代が心身の不調を訴える例が相次ぐ。特効薬はないが、ふかわさんのエッセイ集を薦めたい。面倒くさく、人間味にあふれ、温かいその眼差しから見えるものに触れたとき、少しだけ心が穏やかになることに気づく。そして思う。今までは、飛ばしすぎた。これから先は速度を緩めて、丁寧に優しく生きていこう。本当に大切なことは「どうでもいいこと」の向こう側にしか、隠されていないから。(編集委員・加藤弘士)

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