1人の記者として、1年間、胸の中にわだかまり続けたものが一気に晴れた瞬間があった。
6日、都内で開かれた21日の「WRESTLE KINGDOM 17 in 横浜アリーナ」大会での新日本プロレスとプロレスリング・ノア対抗戦の全対戦カード発表会見。私は1人の選手に質問をするために会場に向かった。
今大会では、新日「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」(LIJ)軍の内藤哲也(40)、鷹木信悟(40)、SANADA(34)、高橋ヒロム(33)、BUSHI(39)とノア「金剛」軍の拳王(38)、中嶋勝彦(34)、征矢(そや)学(38)、大原はじめ(38)、タダスケ(36)とのシングル5番勝負が実現。両団体の威信をかけて対戦する両人気ユニットの10人が勢ぞろいしての会見となった。
メインイベントでの拳王との一騎打ちが決まった「制御不能のカリスマ」内藤は「去年の1月8日に勝利したのは我々、LIJ。彼らは(試合後)ノーコメントだったのに1年経って対戦要求してくるとは、よっぽど悔しかったんでしょうね。そんなに悔しいなら去年のバックステージで一言残しておけば良かったじゃん。俺はリング上も大事だけどバックステージも大事だと思ってます。次に負けた時はノーコメントでなく、何か言葉を残して下さい」と、いきなり口にした。
内藤の言葉通り、両トップ団体は昨年1月8日にも7077人の観客を飲み込んだ横浜アリーナで全面対抗戦を敢行。ダブルメインイベントの10人タッグマッチで内藤、鷹木らLIJと拳王、中嶋ら金剛軍は激突。鷹木がタダスケを必殺のラスト・オブ・ザ・ドラゴンで葬り、トップユニット同士の対抗戦はLIJの勝利に。全11試合の対戦成績も新日の6勝4敗1分けに終わった。
敗れた形の拳王らは無言のまま会場を後にしたが、その殺気あふれる戦いぶりに魅せられた私は、このノーコメントという部分に物足りなさを感じてしまった。
だから、試合翌日に「中嶋勝彦と拳王はなぜ無言で去ったのか…新日との5年ぶり対抗戦でノアに感じた『言葉力』の欠如」という見出しをつけたコラムを「報知WEB」にアップした。試合後もリング上でコロナ禍の中、駆けつけた観客に向けて感謝の思いを口にした新日のトップ選手たちと終始、無言だったノアの選手たちとの間に、まさにコメント力の差を感じての一文だった。
この記事に拳王は反応。自身のSNSで「普段、たいして取材も来ないような奴が知ったかぶって自己満足の感想文を記事にしているだけ。俺達のやってる事を軽く見るな」と怒りもあらわにつづったのだった。
確かに拳王の言葉には一理も二理もあった。ここ7年、報知WEBの新日担当として東京ドーム大会始め大規模大会に足を運んで取材を続けてきたが、ノアの大会は別の担当記者が常に取材。昨年の対抗戦で初めて拳王のファイトを見た私は直接の対面取材をしたこともなかった。ノアに対して「たいして取材も来ないような―」立場の記者だったのは事実だった。
命がけの闘いを日々続けているトッププロレスラーに対し、一見の記者が「言葉力」を求め、そこにライバル団体との差を見る記事を書いたのだから、拳王が怒りを表したのは当然だったのかも知れない。だからこそ、私は今回の会見で拳王に直接、質問をしようと、前のめり気味に会場入りしたのだった。
会見場に登場した瞬間から全身に殺気を漂わせた拳王は「とうとう決着を着ける時が来たな。金剛対ロス・インゴ。おい、ようやく決着を着ける時が来た!」と叫ぶと、隣に座った内藤が持参した「ロス・インゴ」のキャップを投げ捨てる暴挙に出た。
その上で「気になるのが、またしても(決戦の場が)新日のリングってことだ。前回はおもてなしすると言われてよ。入場でも、もてなされちまったよ。俺たちが入場してから(ロス・インゴの長い入場で)10分、15分以上(待たされて)のどがカラカラだった。紅組対白組の紅白じゃねえんだよ。俺たちが勝ったら、ノアのリングに上げてやる。そして、俺たちがおもてなししてやるからな」と言い放った。
そして、質疑応答の時間になった。私は即座に手を挙げ、昨年の大会で無言のまま引き上げた一幕について聞こうとしたが、先に他社の記者が聞いた。
「先ほど内藤選手から去年の対抗戦で、そんなに悔しかったらコメントを残しておけば良かったじゃないかという指摘があった。(1年前の)発言について思うことは?」―。
この質問に拳王は「悔しかったらコメントを残す…。悔しかったらコメントを残す場所も新日本の会見場だろう。これほど悔しいことはない」とつぶやくと、「だから、俺が勝って、こいつらをノアのリングに呼んで、そうしたらノアの会見場で(会見を)やってやるよ。今度、横浜アリーナ。負けてコメントを残す。やってやってもいいよ」―。
用意していた一つ目の質問は別の記者によって聞かれてしまったが、私にはもう一つ質問があったから、そのまま目の前3メートルの距離の拳王に聞いた。
「拳王さんはさきほど『なんで今回も新日のリングなんだ?』と疑問を呈した。どこかプロレスファンの間でも団体の大きさとか集客力で新日、ノアと序列がついてしまってるような部分もあって、そこに疑問を感じての声かとも思う。そういう葛藤を抱えながらも今回、再び新日のリングに上がるという決意に至った思いを聞きたい」―
私の問いかけにこちらをじっと見据えた拳王は「序列がついている。もちろん、それは俺は認めるよ。そして、ロス・インゴと金剛の序列もついている。それも認める」と、こちらがあえて投げかけた「序列」という刺激的な言葉をそのまま認め、率直に答えた。
その上で「だが、その序列を変える。その努力をしないと、もう、このプロレス界の未来は見えないだろ。新日本プロレス一強時代。ユニットとしてはロスインゴの一強時代。ここ何年続いてるんだよ?」と、こちらに問いかけると「昔、アメリカのWCW、WWF時代は選手が幸せな契約ができたと言ってるよな。(新日と全日が並び立った)昔の日本もそうだよな。序列がついてない時は選手も幸せになるんだよ。ファンも幸せになるんだよ。だが、今のプロレス界を見てみろ! 新日一強時代、ユニットとしてはロスインゴ一強時代が何年続いてるんだよ?」と言葉を続けた。
そして私の心を揺さぶる言葉が、この後、飛び出した。
「みんな、プロレスで幸せにならないといけねえだろ」―。決して声を高ぶらせることなく、静かに口にした拳王は「そのために(21日は)俺が先陣を切って、まずは一番、でけえ団体の一番人気のあるユニットを力で押さえつけてやる。そのためのこの(新日に乗り込む)行動だ」―。
最後まで私の目を見据えたまま、拳王は一気にそう言い切った。
私はメモを取っていたノートに大きな文字で「みんな、プロレスで幸せにならないといけねえだろ」という言葉を必死で写し取った。そこに1人のプロレスラーのリングでの闘いにかける思い、ファンへの思いが全て詰まっていると感じたから。
私の質問後、会見はヒロム中心にギャグをまじえた質疑応答となった。すると、拳王は表情を一変させ、宿敵・内藤の前にあった机を投げ捨てた。
「俺たちは新日のコントを見に来たんじゃねえんだよ! 俺はノアを代表して闘うんだよ。なんだよ、この茶番は? 俺はプロレス界の序列を変えにここに来たんだよ。いいか、チャンスは21日だ。ぶち壊してやるからな!」。そう吐き捨てると、フォトセッションにも応じず会場から出て行ってしまった。
この拳王の行動について、ネット上では批判の声もあったが、私はその行動を全面的に支持する。確かに会見の終盤には一部のプロレス専門媒体と新日選手とのなれ合いによる緩い空気が流れ、とても全面対抗戦の発表会見とは思えない雰囲気になってしまっていた。
そして、長々と会見の様子を書いたのにも理由がある。1年前は接近遭遇すらできず、逆に怒りまで買ってしまった拳王のリング上と同様の熱い「言葉力」に直接触れ、それをストレートに読者の皆さんに伝えたかった。
それには「みんなプロレスで幸せにならないといけねえだろ」という1人のスターレスラーの中核にある熱い思いを引き出せたことで成功したと、僭越ながら自負している。
ただし、プロレスラーはリング上での闘いこそが全てだ。この日、最高の「言葉力」で自身の本音をさらけ出してくれた拳王が21日のリング上で、どんな熱い闘いを見せてくれるのか。私は、その一瞬が今から楽しみで仕方がない。(記者コラム・中村 健吾)
◆1・21「WRESTLE KINGDOM 17 in 横浜アリーナ」全対戦カード
▽タッグマッチ20分1本勝負
藤田晃生、大岩亮平―小澤大嗣、矢野安崇
▽タッグマッチ20分1本勝負
オスカー・ロイベ、石井智宏―稲葉大樹、マサ北宮
▽8人タッグマッチ20分1本勝負
棚橋弘至、矢野通、小島聡、杉浦貴―丸藤正道、KENTA、エル・ファンタズモ、外道
▽20分1本勝負
エル・デスペラード―YO―HEY
▽6人タッグマッチ20分1本勝負
タイガーマスク、田口隆祐、マスター・ワト―AMAKUSA、宮脇純太、アレハンドロ
▽タッグマッチ30分1本勝負
オカダ・カズチカ、真壁刀義―清宮海斗、稲村愛輝
▽LIJ対金剛シングル5番勝負30分1本勝負
BUSHI―タダスケ
▽同
高橋ヒロム―大原はじめ
▽同
SANADA―征矢学
▽同
鷹木信悟―中嶋勝彦
▽同
内藤哲也―拳王
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