「猪木さん、僕たちの戦い届きましたか?」オカダ・カズチカが1・4で見せた涙の意味と声出し応援解禁の意義

スポーツ報知
IWGP世界ヘビー級王座を奪還。昨年から倍増の2万6085人の観客の「オカダ」コールに応えるオカダ・カズチカ(カメラ・今成 良輔)

 プロレスの魅力が、これでもかとばかりに詰まった6時間の祭典だった。

 プロレス界最大のお祭り新日本プロレス「WRESTLE KINGDOM 17 in 東京ドーム ~闘魂よ、永遠に」が4日、昨年10月1日に亡くなった同団体の創始者・アントニオ猪木さん(享年79)の追悼大会として開催された。

 午後4時20分開始の「アントニオ猪木メモリアル6人タッグマッチ」では、猪木さんの一番弟子だった69歳のレジェンド・藤波辰爾が深紅のガウンで入場。昨年いっぱいでの「鈴木軍」解散を発表した鈴木みのる、タイガーマスクと組んで、真壁刀義、小島聡、永田裕志組と激突。試合後に「最後はアレ、行きましょう」と言うと、「1、2、3、ダーッ!」と絶叫した。

 第6試合の「武藤敬司新日本プロレスラストマッチ」では、2月に引退する60歳の武藤敬司(プロレスリング・ノア)が棚橋弘至、海野翔太とトリオを結成。「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」の内藤哲也、SANADA、BUSHI組と6人タッグで対戦し、医師に禁じられているムーンサルトプレスを繰り出しそうになり、元付き人の棚橋に大慌てで止められるシーンもあった。

 ダブルメインイベントの1試合目、IWGP USヘビー級王座戦では、4年ぶりの新日マット参戦となったAEWのケニー・オメガが現在、新日最強外国人と目される王者・ウィル・オスプレイと血みどろの凄惨マッチを展開。ベストバウト級の34分38秒の激闘の末、辛勝した。

 ここまでで約5時間が経過。しかし、やはり“真打ち”は、この男だった。

 ダブルメインイベントの2試合目、新日最高峰のベルト・IWGP世界ヘビー級王座戦に登場したオカダ・カズチカはいつもの色鮮やかなコスチュームを脱ぎ捨て、猪木さんのストロングスタイルを象徴する漆黒のトランクスとリングシューズでファイト。いつもは見せないメキシコ仕込みのコーナートップから場外へのトペ・コンヒーロまで披露すると、最後は猪木さんの必殺技・延髄斬りからのレインメーカーで3カウントを奪取。半年ぶりに世界ヘビー級王座を奪還した。

 この日はコロナ禍の中、禁じられてきた声出し応援が「大声にならない一時的な発声」に限り解禁に。昨年、2日連続で開催された東京ドーム大会、1月4日の1万2047人、5日の6379人を大幅に上回る2万6085人の観客は心の底から「オカダ」コールを送り、その勝利に大きな拍手を送った。

 試合後のリング上でマイクを持ったオカダは挑戦表明してきた鷹木信悟を「鷹木さん、邪魔するんだったら帰って下さい」とあしらうと、「東京ドーム!」と絶叫。観客に向かって「今日も熱い声援、ありがとうございました。声援の力がすごいパワーになりました」と、まず頭を下げた。

 「新日本プロレス50周年。1年間、本当にありがとうございました。これだけお客さんが入って試合ができて、本当に良かったです」と大粒の涙を流すと、「そして、猪木さん、僕たちの戦いは届きましたか? まだ、50周年に来ただけなんで…。猪木さんが作った新日本プロレスの闘魂を受け継いで、100年、200年と新日が続くように盛り上げていきますんで、まだまだ、よろしくお願いします!」と再度、絶叫した。

 「50周年を越えて、51年目もまだまだ素晴らしい新日本プロレスを皆さんに、そして、天国の猪木さんにお届けします。皆さんが愛してくれる限り、新日本プロレスは続いていきます」と締め、リングを降りたオカダ。最後は花道で「せっかく、声が出ているのに、このままじゃ終われないでしょう」と言うと、「行くぞ~! 1、2、3、ダーッ!」と最後の絶叫。猪木さんのテーマ曲「炎のファイター~INOKI BOM―BA―YE~」が流れ、観客の多くも涙をぬぐっていた。

 汗まみれで登場した会見場で赤いマフラー、黒いトランクスについて聞かれ、「猪木さん追悼でしたし…。だからと言って、猪木さん過ぎるのもおかしいし。今の僕を体現させてもらいました」と照れ笑いを浮かべたオカダ。

 ついに戻ってきた大歓声について聞かれると、「やっぱり、プロレスしてるなって思いました。本当にオカダ・コールに助けられました。歓声って力になるんだなあって思えた。こうして戻って来れたのも、皆さんが(コロナ禍の中、声出しを)我慢してくれたから。まだまだ我慢させてしまうことがあると思うけど、皆さんの声援がパワーになっているし、また、前以上の素晴らしい新日をこの51周年も見せれるのでは」と笑顔で答えた。

 昨年の大会から倍増した観客数については「入場した瞬間にすごいお客さんの数なのが分かりましたけど、僕の目指しているのはそこじゃない」と言い切り、「猪木さんが見た(超満員の)景色をまた見れたらいいと思います。『1、2、3、ダーッ!』はゆかりのある人がやった方がいいと思ったけど、追悼大会でこれをやらないと追悼できないと思った。これが猪木さんが当たり前のように見ていた景色なんだな。すごいいいものが見れたなと思います」と振り返った。

 さらに「猪木さん、天国で『勝手にやってんじゃねえ!』って怒っているかも知れないけど、お客さんにも『ダーッ!』をして猪木さんに届けたいという思いもあったと思う。しっかり、猪木さんにも届いたんじゃないかなと思います」と笑顔で話すと、「猪木さんの闘魂という血はみんなに流れている。その闘魂をつなげていく新日の中心にいるのは、最強の僕だと思います」と言い切った。

 振り返れば、昨年1月5日の東京ドーム大会のメインでオスプレイを撃破。IWGP世界ヘビー級ベルト初防衛を果たした際も、この男は東京ドーム史上最低となった6379人の観客を前に「俺はやっぱり声援がある中でプロレスがしたい。もう無観客に戻りたくないですし、しっかりと、みんなの前で闘っていきます」と涙をぬぐいながら叫んでいた。

 メキシコでレスラー修業をしていた10代の頃、文房具店の店先にマットを敷いて、数人の観客の前で闘った経験も持つ男は誰よりも観客数に敏感だ。17年8月に単独インタビューした際も「一生懸命、命がけで闘っても地球上で10人しか見てなかったら、たまらないじゃないですか」と真剣そのものの表情で話していたことを覚えている。

 4万人動員も当たり前だったドル箱大会「1・4」の2万6085人は確かに物足りないのかも知れない。だが、確かに東京ドームに帰ってきた観客たちの熱気と「オカダ」コールが自身を客観視する冷静な素顔も併せ持つ「レインメーカー」に大粒の涙を流させたのだけは事実だ。

 1998年4月4日、東京ドームで行われた猪木さんの引退試合の観客数は現在もプロレス界レコードの7万人。オカダが口にした「猪木さんが当たり前のように見ていた景色」への道はまだまだ遠いのかも知れない。

 それでも命がけの戦いを見せたオカダ始め新日の選手たちの「闘魂」に魅了され続けた6時間を東京ドームで過ごした私はこう思った。彼らの戦いは確実に天国の猪木さんに届いたし、「燃える闘魂」は今、確実に受け継がれたと―。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆オカダ・カズチカ 本名・岡田和睦。1987年11月8日、愛知・安城市生まれ。35歳。中学卒業後、陸上の特待生での高校進学を勧められるも闘龍門に入門。04年8月、メキシコでデビュー。07年8月に新日本プロレスに移籍。10年1月、米団体・TNAへの無期限武者修行に出発。11年12月に「レインメーカー」として凱旋帰国。12年2月、棚橋弘至の持つIWGPヘビー級王座に初挑戦。レインメーカーで勝利を飾り、中邑真輔に次ぐ史上2番目の若さとなる24歳3か月で王座に。同王座連続防衛記録12、最長保持記録も持つ。12年、14年、21年、22年にはG1クライマックス優勝。今年の1・4でIWGP世界ヘビー級王座を奪還。191センチ、107キロ。妻は声優、歌手の三森すずこ。

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