【箱根駅伝】つなげなかったタスキ 専大9区4年生に感情移入 涙は誠実な努力の証…斎藤佑樹氏観戦記

スポーツ報知
斎藤佑樹氏

 元日本ハム投手の斎藤佑樹氏(34)がスポーツ報知に箱根駅伝の観戦記を寄せた。早実、早大時代は箱根に並ぶ学生スポーツの花形となる、甲子園や神宮で数々の伝説を築きあげた男。その目に、今大会はどのように映ったのか。

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 やっぱりいいな、これぞ箱根駅伝だなと思いました。3年ぶりに解禁となった沿道応援です。多くの観衆が集い、拍手でランナーを勇気づける。上位校の選手が過ぎ去った後も、みんな残って同じ熱量で、最後の走者が過ぎ去るまで後押しを続けていました。このシーンを見ていて、甲子園での情景を思い出したんです。

 甲子園では大差がついても、ファンは試合途中で席を立つことをしません。最後まであきらめず、必死にプレーする選手へと声援を送ります。箱根と甲子園の共通項は何だろうか。それは誰もが全ての瞬間において全力であること。タスキをつなぐ最後の1秒まで、試合終了が宣告される最後の1球まで、誰もが一生懸命に力を振り絞る。「一生懸命」って強いと、僕は思うんです。勝敗は確かに大事。でも「一生懸命」が画面越しにも伝わるからこそ、甲子園も箱根も時代を超えて、人々に愛されているのではないかと考えました。

 最も印象に残ったのは鶴見中継所で、専大9区の南里樹選手(4年)が直線に入り、10区の小島光佑選手(4年)の姿が見えながらもタスキをつなげず、ゴールの瞬間、倒れ込んで大声を出し、涙を流したシーンです。悔しかったろうな。最後の箱根、タスキをつなぎたかったろうな。感情移入して、何とも言えない気持ちになりました。

 でも南選手があそこまで悔しい気持ちになれたのは4年間、雨の日も風の日も、誠実に駅伝と向き合い、コツコツと努力を重ねてきたからだと思いました。勝負の世界、頑張ったからいい結果が残るとは限らない。でもここに至るまでの過程は今後生きていく上で、大きな力になる。自らを責めることなく、堂々と胸を張ってほしい。切ない中にも、駅伝の素晴らしさが凝縮された光景でした。

 先月、青学大の原晋監督と対談させて頂いた際、選手を選ぶ上で大事にしている基準に「イケメン!」と即答されていました。今大会を見て、その真意が分かりました。最後の箱根に懸ける4年生の必死な表情は、誰もがイケメンに映った。悔しい表情の中にも、どこかすがすがしさが垣間見える。「俺の4年間の集大成を見せるんだ」という覚悟が、輝きに変わっていた。限りある時間を完全燃焼する。駅伝にも野球にも共有する、学生スポーツの魅力を再認識しました。

 来年は100回大会で全国の学生ランナーに門戸が開放されます。伝統を大切にする一方、柔軟な試みも素敵なことだと思います。箱根駅伝は見ている人々に「私も今年、頑張ろう」と思わせてくれる正月の風物詩。サポート役の方々を含め、元気をくれた全ての若者に感謝を伝えたいです。

 ◆斎藤 佑樹(さいとう・ゆうき)1988年6月6日、群馬・太田市生まれ。34歳。早実3年時に春夏連続で甲子園出場。夏は決勝で駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合を制して優勝。早大では東京六大学リーグ通算31勝15敗。10年ドラフト1位で日本ハム入団。12年に西武戦(札幌D)で開幕投手を務め完投勝利。21年シーズン限りで現役引退し、同年12月に「株式会社斎藤佑樹」を設立。地元で行われる今年元日のニューイヤー駅伝では応援サポーターを務めた。

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