日米通算4367安打を記録したイチロー氏(49)=現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター=がこのほど富士高野球部を訪問し、2日間にわたって部員に指導した。野球普及活動に熱心に取り組み、前任の三島南高では21世紀枠でセンバツ出場に導いた稲木恵介監督(43)がスポーツ報知に独占寄稿。球界のレジェンドから選手たちが何を学び、何を感じたか。自身の考えをひもといた。
イチロー氏と時間を共有させていただく中で、これは元プロの野球教室とは全く意味が違うと感じた。指導ではない。まさにプレイヤー「イチロー」が目の前で取り組みを選手たちにぶつけてくるからだ。「呼吸」「熱」「空気」を司る全ての感覚が訴えかけてくる。
レジェンドが智弁和歌山など甲子園常連校から、地方公立校へ足を向けた意味を考えた。現在の富士高でプロはおろか大学野球の道を考えている選手は皆無。ただ教員や指導者を希望する選手は多くいる。考え方や取り組み方を注入された“イチローチルドレン”に指導を受けた子供たちが10年、20年後の未来に出てくることがありうるのだ。このイズムが地域の子供たちに継承されていくことを、私自身最も期待している。
振り返ると濃密過ぎる2日間であった。初日、イチロー氏自身の打撃が披露された。試合に向かうためのチェック。バットの出し方、股関節の使い方を自身の感覚や動きと一致させていく。まさに一球一球が真剣勝負だ。2日目。練習が始まると「今日は調子悪いです。このようなときにどうやって修正していくか自身のチェックポイントを持っておくことが大切です」。パートナーに「タイミング遅い?」と尋ねながら微調整が続く。修正の過程を選手たちは間近で見ることができた。最後は全員参加、1人10球取れるまで続くノック。声を張り上げ選手を鼓舞している。「みんなでボールに向かっていく気持ちが根底にあってこそ技術や感覚が大切にできるんだよ」と伝えられているようであった。
後日、選手がイチローさんに宛てた手紙には夏への決意、将来に向けての意気込みがつづられており、大いに刺激を受けたことがこちらにも伝わってきた。選手の動きを見ると1球に対する意識が格段に変わっていることに気付く。体の使い方、動かし方一つ一つに意味があると考えている。メジャーの中で大柄と言えないイチローさんがなぜ圧倒的成績を残せたか。体格では他校にかなわない富士の選手たちにとって、いいヒントをもらえたのではないか。
前任の三島南高では14年から始めた振興活動が評価されセンバツに出場できた。富士高に赴任以降もバージョンアップしている。今回イチロー氏にも見ていただいた体験会では、小学生から「サンタさんにグローブを頼んだ」などの嬉しい言葉をもらえた。一方、子供たちが興味を持ってもお茶当番や練習時間の長さなどの問題で親の負担が大きく、入りたいと思う少年団が少ないのも現実である。まだ道半ば。今後もイチロー氏のように真摯(しんし)に、多くの子供たちに野球の素晴らしさを伝えていきたいとあらためて感じた。(富士高野球部監督)
〇…富士高野球部は26日、同校で小学生対象の野球体験会を実施した。「勉強も運動もやっちゃおう会」と題し、約20人の参加者は冒頭の1時間、冬休みの宿題にも取り組んだ。「バランスよく成長してほしい」と稲木監督。県屈指の進学校の生徒でもあるナインが“先生役”を務め助言を送った。参加した早川航太君(5年)は「勉強も野球も分かりやすく教えてくれた」と笑顔を見せていた。