リーチ・マイケル、自身4度目の大舞台へ「最強の日本代表を作りたい」…ラグビーW杯9月開幕

リーチ・マイケル
リーチ・マイケル
インタビューに答えるリーチ・マイケル(カメラ・中島 傑)
インタビューに答えるリーチ・マイケル(カメラ・中島 傑)

 ラグビー熱再び―。W杯フランス大会は9月9日(日本時間)に開幕する。2019年日本大会で日本代表は初のベスト8入りを果たし、列島中を熱狂させた。当時主将を務めたフランカーのリーチ・マイケル(34)=BL東京=がスポーツ報知の単独インタビューに応じ、さらなるパワーアップと曲折を経て迎える自身4度目のW杯へ、「恩」をテーマに迎える1年への思いを語った。

(取材=大和田 佳世、大谷 翔太)

 ―4年に1度のW杯を迎える。

 「最強の日本代表を作りたい。強い代表を作って前回より大きなものを示したい。(個人として)W杯に行きたいと思う気持ちより、最強のチームを作れれば満足」

 ―2022年はどんな1年だったか。

 「下の下まで落ちて、また上の上まで行けたという経験がない1年だった。21年秋の日本代表も、リーグワンも調子が良くなかった。リーグ戦中盤にジェイミー(ジョセフ日本代表ヘッドコーチ)から、すごいダメ出しのレビューが送られてきて、『ロックをやってくれ』とも記されていた。1時間くらい悩んで、『ダメなら選ばないでくれ』とメールを書いた。でも考えている時に、自分に簡単な選択肢を与えちゃいけないと思い、『頑張ります』と書いて送った。この年で引退もしようがないな、と諦めた一瞬だった」

 ―その後、どう行動したか。

 「どんな形で引退するか考えていい状態で終わりたいと思って、BL東京のコーチに復活プランを相談し、『自分にプレッシャーをかけすぎている』と言われた。だから狙いすぎて結局、いいプレーができていない。(密集で)立ち上がる速さをとにかく上げよう、そうすればいるべき場所、いい場所にいられると考えた」

 ―実行するのは簡単ではない。

 「リッチー・マコウ(元ニュージーランド代表)が、試合で10人いるのではと思うくらい顔を出すのは、立ち上がるのが速いから。それだな、と思って。全体練習後、立ち上がる練習をもっとやって、体に癖を身につけた。シンプル。でも一番苦手なところで、それを意識したらBL東京でもチームでも良くなった」

 ―他には。

 「走る量を増やした。ラグビーは走るスポーツだから、妥協せずやろうと。(母の故郷の)フィジーに帰っている時も、寝ぼけたり早起きしてもビーチを走って。今も夜、自宅の周りを走って頭から湯気を出している」

 ―年齢は感じるか。

 「それはしようがないとは思っている。でも強くなれる気がする。同僚の(元ニュージーランド代表)マット・トッドを見て、年じゃねぇな、どれだけハードワークするかだな、やれば絶対、体はついてくると学んだ」

 ―体の強さは昨秋のイングランド、フランス戦を通じて必要性をさらに感じた。

 「2試合とも前に出られなかった。まだまだ。1・5倍の強さにならないと、日本代表は勝てない」

 ―日本代表はW杯4強以上を目標に掲げている。

 「W杯出場経験のある選手も多い。僕が想像しているチームの可能性は、みんなが想像しているより高い。僕らはもうできるチームだと証明している。下に見られているのはしようがないかもしれないけど、例えばイングランドでも上に見る必要はない。アンダードッグ(かませ犬)じゃなくて、同じ目線で戦う。挑戦者と競争相手はだいぶ違う」

 ―心構えを変えるのは難しいが、どう働きかけたいか。

 「言い続けるしかない。みんな謙虚だから(笑い)。それはいいところでもあるけど、次のステップは周りから怖いと思われるチームにならないといけない」

 ―代表活動は6月始動予定で準備期間は3か月ほど。どう過ごしていきたいか。

 「限られた時間でも食事の席を変えたり、どういう会話するか工夫したい。例えばベテランが若手に『大丈夫?』と聞いたら『大丈夫です』と答えちゃう。どう会話を引き出すかも大事。お互いをもっと知れば絆は深まる。試合でロッカーを出る時、(登録の)23人と試合に出ていないメンバーのことをどれだけ思いやれるか、感情を作れるかが鍵になる」

 ―感情が鍵とは。

 「戦術をいくら磨いても本気の強さは出せない。絆やチームの愛情がないと。言うのは簡単だけど難しい。19年はよくできた。何をやっても勝てる自信があった。日本はクールな人が多くてパッション(情熱)をあまり表に出すのが苦手。引き出す努力をしないと」

 ―主将ではないができることは。

 「日本にとってラグビーやスポーツの力、どれだけ影響を与えるかとかを話したい。恥ずかしいけど、そういうのをやると力が全部、表に出る」

 ―スポーツの力とは。

 「まとまりができる瞬間がある。サッカーW杯でもそうだけど、注目を浴びる瞬間に僕らは役者で、勝ち負け以上に何を発信できるかな。そこの力かな。それは一生に残るか残らないか、人生の中の80分になる」

 ―前回は自国開催だったが、今回はフランスで環境も変わる。

 「海外で勝つのは本当に難しい。アウェー感がすごくてファンが近くにもいないし。だから次の世代に残すために、日本ラグビーの未来を考えないと。田中史朗(元日本代表SH、東葛)みたいになってきて恥ずかしい。まあ年だね(笑い)。全員で考える必要はないかもしれないけど、ラグビーにとっては大事」

 ―もう引退は考えないか。

 「まだ考えていない。あと1、2回くらい(W杯に)出たい。自分よりもいい選手が出てきて、その結果、日本代表に選ばれなかったら、それでもいい。下川(甲嗣、東京SG)とかに、早く引退させてくれと思う(笑い)」

 ◆リーチ・マイケル 1988年10月7日、ニュージーランド・クライストチャーチ生まれ。34歳。5歳でラグビーを始め、2004年に札幌山の手高に留学。東海大2年の08年11月に日本代表デビューし、11年に東芝(現BL東京)入り。15~17年はスーパーラグビーのチーフス(NZ)でもプレーした。代表キャップ78、W杯は11年から3大会連続出場で15、19年は主将。家族は知美夫人と1男1女。189センチ、113キロ。

 取材後記 

 2008年11月に日本代表デビューしてから15年目。当時20歳で将来の夢は「体育の先生」だったリーチは今、トレードマークのヒゲに白いものが交じるのを「気に入っている」と笑う。フランスW杯1次リーグ最終戦アルゼンチン戦前日の10月7日で35歳になる。長年、代表を背負ってきた自覚が言葉に重みと深みを与えていて、話を聞くたびに尊敬の念が増す。

 19年W杯準々決勝敗退直後、恥骨などの痛みから代表引退を口走った。今回、明かした苦悩はそれよりも深く、解決法はシンプルに「努力」の一言。背景を知って秋の日本代表でのプレーぶりを改めて見ると、勇気づけられる人も多いのではないだろうか。重圧になってほしくはないが、W杯での活躍を期待せずにはいられない。(大和田 佳世)

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