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槙野智章「引退および劇場第二章開幕」自作資料で異例の15分プレゼン…「お祭り男」後継者に堂安律を指名

スポーツ報知
会見後、妻で女優の高梨臨(右)からサプライズで花束を渡され、ねぎらわれた槙野(カメラ・豊田 秀一)

 今季限りでの現役引退を表明したJ1神戸の元日本代表DF槙野智章(35)が26日、ノエビアスタジアム神戸で「現役引退および槙野劇場第二章開幕宣言」会見を開いた。「サッカー界のお祭り男」として人気を博したDFは、引退理由や監督業への思いを自らパソコンで作成したという資料を使って“プレゼン”。現役最後の場も劇場化させると、自身の後継者にはカタールW杯で2得点と大活躍したMF堂安律(24)=フライブルク=の名前を挙げた。

 槙野は最後の最後までエンターテイナーだった。冒頭、神戸でともにプレーした元スペイン代表MFイニエスタや広島、浦和で同僚だったDF森脇良太(愛媛)からのビデオメッセージに涙を浮かべたが、「槙野劇場第二章」の説明に入ると席を立ち上がりテーブルの前に。カタールW杯終了後、自らパワーポイントで作成した資料を使って現役引退を決めた理由、監督業を志す思いなどを説明した。

 まるで会議でのプレゼンテーションのような、引退会見としては異例な光景。「これまでいろんな引退会見を見てきたなかで、ちょっと違う感じで自分の伝えたいことを率直に伝えたかった」と約15分間熱弁した後に席に戻ると、額には汗がにじんでいた。

 質疑応答に入っても熱が冷めることはなく、報道陣からの質問が途切れるまでやり取りは続いた。サッカー界を盛り上げようとする自分の姿勢を誰に引き継いでほしいか尋ねられると「発信力があって自分に自信を持っている。W杯のインタビューでもパワーワードを出していた。これからの日本を背負っていくと感じた」と堂安の名前を挙げた。

 インターネットテレビ局「ABEMA」のピッチリポーターに挑戦したカタールW杯。36年ぶり3度目の優勝を果たしたアルゼンチンのパレード映像を目にし「Jリーグで優勝パレードして街がこうなったら、めちゃくちゃ面白い。Jリーグや日本代表でこういうことが起きるようなサッカー文化を作っていきたい」と壮大なプランを掲げた。

 実現のため、選んだ新たな道は監督。「槙野が監督だから試合を見に行きたい、と思わせられる指導者になりたい」と理想像を思い描いた。現時点で所持しているライセンスはB級で、今後はJリーグで指導できるS級取得を目指す。笑いあり、涙ありの2時間を終えた槙野は充実した表情でピッチに別れを告げ、再出発した。(種村 亮)

 ◆槙野に聞く

 ―17年間、第一線で続けられた理由。

 「アンチをつけることを意識した。いろんな意見やプレッシャーが飛び交うことで、それよりもやってやろうとか結果で見せてやろうとずっと思っていた」

 ―ベストゲームとゴールパフォーマンスは?

 「21年の天皇杯決勝・大分戦。(浦和)退団を表明してから最後の試合で、置き土産という形でチームを離れた試合が忘れられない。いろんなパフォーマンスをやったけど、広めてもらったのは広島時代に京都戦でFKを決めた後の魚釣りのパフォーマンスです」

 ―監督としてやりたい戦術。

 「1―0で守り抜くサッカーは好んでいない。点を取りにいく姿勢を見せたい。後ろは2バックでやりたい。2バックでマンツーマン」

 ―現役生活でやり残したこと。

 「いろんなタイトルを取ったけどJ1ではない。優勝パレードをしたことがないのが唯一の心残り」

 ◆堂安のW杯でのビッグマウス

 ▽「俺が決める、俺しかいないという気持ちで入った」 1次リーグ(L)初戦・ドイツ戦(11月23日)で1点を追う後半から途中出場。同30分にゴール前のこぼれ球を左足で押し込み、奇跡の逆転劇へチームを勢いづけた。

 ▽「あそこは俺のコース。フリーにさせると堂安律は危ないので」 1次L最終戦・スペイン戦(12月1日)でもビハインドの後半開始から出場。同3分、得意の右45度でボールを受けると、ニアサイドを打ち抜く強烈ミドルで今大会2得点目となる同点ゴールを奪った。

 ◆槙野 智章(まきの・ともあき)1987年5月11日、広島市生まれ。35歳。広島の下部組織から2006年にトップ昇格。10年冬にドイツ1部ケルン、12年に浦和へ移籍し今季から神戸に加入。16年ルヴァン杯、17年ACL、18、21年の天皇杯で優勝に貢献。J1通算415試合46得点。10、15、16年にJ1ベストイレブンを受賞。日本代表としては国際Aマッチ38試合4得点。182センチ、77キロ。

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