1986年にデビューしてから、山寺宏一(61)は常に声優界の第一線を走り続けている。出演したアニメ作品は数知れず。現在は人気児童小説「かいけつゾロリ」の35周年を記念した劇場版「映画かいけつゾロリ ラララ スターたんじょう」(緒方隆秀監督)が公開中だ。声優としてのルーツや苦労、喜びを聞いた。(増田 寛)
取材場所となったのは、原作を出版するポプラ社の編集部の一角。到着した山寺は、社員全員が出迎える中で「いつもお世話になっております。今後ともよろしくお願いします」と新人のように、関係者一人ひとりに頭を下げて回った。「皆さんの協力なくして作品は作れないし、作品がなければ僕も出演できないですから。感謝ですよ。本当に人には恵まれてます」
2004年のテレビシリーズから主人公を務めているゾロリをはじめ、「それいけ! アンパンマン」のチーズやジャムおじさん、ディズニーの「ドナルドダック」、「アラジン」のジーニーなど、数多くの人気作に出演している。「アニメ好きな人たちが見る、深夜にやってる作品にはほとんどお呼びがかからずで。そのせいか、イベントでキャーキャー言われたりする経験がちょっと少ない」
苦笑いする山寺だが、ファミリー向け作品に出てきたからこその喜びもある。「子供向け、ファミリー向けの作品を狙ってはいないけど、自然とそっち方面の作品が不思議と多い。その分、大人になってから『子供の頃ずっとやまちゃんが出てた作品を見てました』って言われることが多いのはうれしい」
長寿アニメならではの苦労もある。「長くやってるからって、前より元気ないな、昔は面白くて元気だったのにと思われないようにしないといけない」。還暦を迎えてから、初めて「本格的にボイストレーニングに通ってます!」と胸を張ったが、今までやってこなかったことが衝撃的だ。
声優界のトップランナーとして35年以上走り続けてきたが、キャリアの中には声だけでなく、自身の顔をさらけ出した仕事も多い。中でも、1997~2016年までテレビ東京系子供向けバラエティー番組「おはスタ」(月~金曜・前7時5分)の司会を務めたことは大きいという。
「見てましたって言ってくれる方が多い。お医者さんに行っても、お仕事でも、見てました!って。当時の小学生が大人になり、『山ちゃん、あの時見てた子供だよ』と言われたいと、ずっと思ってやってきた。『夢中で見てました』って大人になって言われたらうれしい」
現在、10以上の声色を持ち、モノマネのレパートリーも、俳優・福山雅治から動物まで約60種類。子供のころから家族の前で披露していたという。
「自分の声のルーツは、このモノマネだったかもしれないですね。なんとなくアニメとかを見ていて、この声が個性的だなとか、この声が面白いなぁとか感じていた。アニメのキャラクターのマネとかもしてたんです。声優っていう言葉を知らなくても意識はしていました」
声で人を魅了することの味を知った小学生は、大学生になると落語研究会に所属。「落語は座りながら自分の声で何かを表現、演じる。これがもう大好きだった。声優のルーツは僕にとっては落語。落研に入ってなかったら、声優になろうと思ってなかったし、なれなかったかもですね」
就職活動中、生協に置いてあった声優入門書を見て、「声優になれるんだ」と自分に言い聞かせた。大学卒業後の22歳で上京。一目散に養成所に駆け込んだ。ただ、「自分には声優に向いている」と思いつつも、一度は芸人の道を志そうとした時もあったという。
「芸人は憧れましたね。でも大学入学時、同い年のとんねるずと、柳沢慎吾さんが活躍されていて。その3人がテレビで活躍しているのを見て、これは自分には無理だ。こんなに面白い人がいるのか。芸人の道は諦めようと思いました」
21年にタレントの岡田ロビン翔子(29)と結婚。3度目の結婚もさることながら、31歳という年の差も話題になった。「結婚は何回目だよってね。でも、パートナーがいるのはいい。自分のこと分かってくれて、支える人がいる、自分が支えるべき人がいるっていうのはいいことです。今の奥さんからも多大な影響を受けてますね。特に、ポジティブに楽しむ姿勢や笑顔の大切さですかね。人を笑顔にできたら、こんなに幸せなことないなって」
声優界の頂点に立ち続けている山寺。挫折はなかったのか―。そんな問いに「挫折したことはないです」と食い気味に断言した。「落ち込んだりしたことはしょっちゅうですが、どれも挫折に入らない。好きなことを仕事にできてるので。だから、これから大きな壁が来るんじゃないかと思って怖いですよ。まだまだ働かないといけないのに」。還暦を過ぎた今日も、山寺はマイクの前で汗を光らせている。
◆山寺 宏一(やまでら・こういち)1961年6月17日、宮城県生まれ。61歳。東北学院大卒。愛称は「やまちゃん」。86年に声優デビュー。93年に声優・かないみか(58)と結婚も2006年に離婚。12年に声優・田中理恵(43)と再婚も18年に離婚。21年に岡田ロビン翔子と再々婚。22年には役者としてNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で名僧・慈円を演じた。