面倒だな、と思っていた。森保監督がしきりに使う「我々」。わざわざ言い直すこともあるくらいで、長い返答には必ず含まれた。文字にする時、タイピングのしづらさからこの口癖に気づいた。「私」や「選手たち」、「チーム」で代用が利いたはずだが、こだわった。W杯を戦い終えた今、その理由は理解できる。
1次リーグ第3戦、スペイン対策は混迷した。森保監督が決めた布陣の3―5―2は、練習でさっぱりだった。すると練習後、選手はピッチでミーティングを始めたという。ホワイトボードを使いながら、意見を出し合う。森保監督を加えなかった。結果的にMF鎌田大地が提案した3―4―3が採用され、スペイン相手に奇跡を起こした。
監督の決断を選手がひっくり返す。この過程を含めて許容できる人が、どれほどいるだろうか。規律違反として罰則を与えられるクラブ、監督があっても不思議ではない。それでも、森保監督は「我々は選択肢をチーム全体で考えている」と言った。
トヨタ自動車の豊田章男代表取締役執行役員社長(66)の言葉がある。「ボスは私と言う。リーダーは我々と言う」。組織の運営でも征服するのか、統率するのかの違いがある。「我々」を使う森保監督は「やれ」ではなく、「やろう」と言うリーダー色の強い指揮官だった。罰則を受けないことは、歩んできた4年間で選手は分かりきっていた。そして、実際に森保監督は意見を拾い上げた。
主将のDF吉田麻也は「みこしを担ぎたい監督」と言い、FW浅野拓磨は「信頼し合っているからこそ、奇跡という結果が生まれる」と関係性を口にする。歴史的勝利の背景には、森保監督の「我々」の精神があった。(内田 知宏)