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中村憲剛氏が見た決勝とカタールW杯総括 采配合戦、個の生かし方…「どれだけ火がついたか」

スポーツ報知
36年ぶり3度目の優勝を果たし、歓喜するメッシ(中)らアルゼンチン代表の選手たち

 カタールW杯はアルゼンチンの優勝に終わり、激闘に幕を閉じた。スポーツ報知では、元日本代表MFの中村憲剛氏が、アルゼンチンがPK戦の末にフランスを下した決勝戦に加え、大会を総括。現役引退後初めてとなるW杯を、解説者、さらに指導者目線で見つめた約1か月間を振り返った。(取材・構成=内田知宏、金川誉)

 決勝のテレビ解説を終えた19日午前。中村氏の帰宅は、午前4時30分だったという。短い睡眠を挟んでもまだ興奮冷めやらぬ、といった様子で、史上最高の決勝戦を振り返った。

 「サッカーって最高ですね。W杯、最高です。一番最後に、今までで一番面白い試合が待っていた」

 戦前はフランス有利、とも言われた決勝。しかし前半からアルゼンチンがペースを握り、前半10分にPKでメッシ、さらに同36分にはFWディマリアが決めて2点のリードを奪う展開となった。

 「前半、ずっと考えていたことがあったんです。なぜ、ディマリアが左のウィングなのか、と。アルゼンチンは過去の大会含めて『メッシと10人の戦い方』の最適解をずっと模索してきました。そして、今大会はようやくメッシの最大値を出せる形を見出して決勝に進んできたので、正直このタイミングでのディマリアの先発起用は予想していなかった」

 アルゼンチンは決勝までの道のりで、メッシを2トップの一角に据えた4―4―2が基本布陣に。メッシ以外のフィールド9人にはハードワークが求められ、攻撃の起点、チャンスメイク、仕上げはメッシが行う、という戦い方を磨いてきた。しかしこの日の布陣は変則的な4―3―3。前線は左からディマリア、アルバレス、そしてメッシ。準決勝までは負傷を抱え、技術は高いが運動量などの面ではやや落ちるディマリアを、最も得意とする右サイドではなく、左FWで起用したことが引っ掛かっていた。

 「ふたを開ければ、アルゼンチンは3トップ。でも(右FW)メッシは中に入ってくるので、右がいない変則的な形、左寄りの4―3―1―2と言うんですかね。(右インサイドハーフの)デパウルが、ひとりで(右FWと)二役をやるような。フランスは、エムバペがいる左サイドがストロングなわけじゃないですか。普通に考えると右サイドに対峙する選手を置かないのはリスキーですよね。(フランスの左サイドバック)Tエルナンデスを、ばちっと見る選手がいないのは。でも前半通して、(左FWの)エムバペにボールが渡る回数は少なかったんですよ。逆にアルゼンチンはやたらとボールがディマリアに渡っている。不自然なまでに。なんでかな、と前半中ずっと考えているうちに自分の中で腑に落ちた瞬間があったんです。アルゼンチンは、左にいるディマリアにボールを集めることで、できる限りその対角にいるエムバペからボールを遠ざけたかったんじゃないか……と」

 密着マークを付ける、5バックにして守備をするなど、相対する選手を配置するのではなく、ボールの流れを自分たちが操ることで、エムバペからボールを取り上げる。それはチーム全体の共通意識とともに、アルゼンチンの中盤で、驚異的な役割を果たした選手の個を強く生かした策でもあった。

 「それでも、もちろんフランスの左にもボールは来る。そこはMFデパウルの脅威的な運動量、猛烈な守備能力でカバーしていた。あえてフランスのストロングポイント(エムバペ)からボールを遠ざけ、それでも回ってくればデパウルが先鋭になって潰しに行く設計図も同時に描く。デパウルの能力にかけた采配でもある。ここまで使ってこなかった戦い方だと思うので、正直奇策、と言っていいかもしれないけど、それがすごくはまっていたし、フランスは戸惑っていたと思います」

 また右FWがいない変則的なシステムは、攻撃面での効果も生んでいた。

 「アルゼンチンの(前線)右サイドには人はいないが、メッシが中に入ることで、中央と左から攻めれば、相手より一人多い。がっぷり四つの戦いでは、1対1に強いフランスに分があるが、メッシが右サイドを捨ててプラスワンをつくることで、(中央、左サイドでは)一人多い状況をつくる。フランスの左サイドバックであるTエルナンデスからすれば、マークすべきメッシが自分のエリアから遠く離れてプレーしているので自分の担当がいないんです。結果的に、そのしわ寄せは中盤中央のチュアメニやラビオが数的不利になる形に現れ、更に彼らの背後や脇にプラスワンとして出現するのが1番うまいメッシ。中盤が数的不利になるだけではなく、簡単に奪えもしないので、この中盤中央での戦いにフランスはかなり戸惑ったし、手こずったと思います。執拗なまでにディマリアを使った形と、その形に持っていくため、メッシのプラスワンによる中央で数的優位を作るためのこの変則的な4―3―3は、フランスの最大のストロングであるエムバペから、ボールを取り上げるための選択だったのではないかと言うのが僕の考察です」

 一方、2点をリードされたフランス・デシャン監督もしびれを切らし、前半40分にFWデンベレ、ジルーを代えて、エムバペを中央(センターFW)に配置。左にはFWテュラム、右にはコロムアニと、スピード、パワーを持った選手を投入した。それでも流れは変わらず、後半26分には、MFグリーズマン、DF・Tエルナンデスに代え、MFコマンとMFカマビンガを投入した。

 「本来なら中盤のカマビンガを左SBに入れ、布陣は4―2―4に。経由点となるグリーズマンを中心にしたロジカルな地上戦が、アルゼンチンの出足の良い前向きな守備の餌食になっていたことで、ここまでの勝ち上がりを支えてきた戦い方をかなぐり捨てた。アルゼンチンのCBであるロメロとオタメンディが一番嫌がること、背後にボールを入れることと最前線で2対2の状況をつくり、そこに目掛けてシンプルにロングボールを入れて、そのセカンドボールを拾うということを徹底した。前がかりに守備ができていたアルゼンチンを、シンプルなロングボールでひっくり返し始めました。アルゼンチンは(守備では)メッシのカバーを行ないながら、豊富な運動量と鋭い動きで得点に関与するという特殊な任務を与えられているFWアルバレスらを、ハマっていたからこそ替えにくい、という状況に陥っていたと思う。そこで全体的に疲労が蓄積してきた中で、徐々に出足に差が出てきた。フランスの1点目はシンプルな背後へのロングボールを、コロムアニがシンプルに走り勝ってPKを獲得。その勢いのまま、またたくまにエムバペが脅威的なパスアンドゴーからのジャンピングボレーで2点目を決めました。ロジカルさを放棄し、肉弾戦に持ち込んだことがボディブローのように効いた。両監督のこの試合における高度な采配のやり合いは、半端じゃなかった」

 90分の戦いは2―2と決着がつかず、試合は延長戦へ。両チーム死力を尽くした戦いの中で、メッシ、エムバペが1点ずつを奪い合い、PK戦へともつれ込んだ。結果、アルゼンチンが勝利をおさめ、36年ぶりの優勝というフィナーレを迎えた。一方、日本サッカーの発展について深く考える中村氏にとっては「こんなに突きつけられる残酷な現実はない」と思い知らされた一戦でもあった。

 「日本サッカーとしては現実を突きつけられた、という気持ちです。世界の頂点は、かくも遠いものか、と。決勝で見た個のクオリティーに、今の日本はついていけない。組織も大事だが、1対1での相手の足ごと削るかのような迫力のバトルに勝つか負けるか、相手が嫌がるくらいに走り切ることはできるのか。あの強度は現状、日本人ではなかなか出せるものではない。デパウルみたいな選手は、日本にはまだいないので」

 メッシ、エムバペというスーパースターはもちろん、彼らの周囲を固めた選手たちが放った強烈な個性にも、日本との差を痛感したという。

 「毎回、W杯の反省点として個をどうやって上げるか、となる。強度、テクニック、戦術眼。両チームとも守備の形はあるものの、戦術でガチガチに動きが縛られているわけではなく、その瞬間に最善だと個人が判断したものを周りが汲み取って連動していく形。システムや戦術はあるが、状況に応じて個人で最適解を出す判断の速さ。まるでアドリブ合戦のような。自己解決できる選手。国として、そういう選手を育成している」

 現在、日本サッカー協会のロールモデルコーチとして、アンダーカテゴリーの代表チームにも携わる中村氏。指導者としての目線でも、今大会で受けた刺激は大きかった。

 「戦術も学びつつ、最後は個人のアドリブ力で戦うというか。育成では、きちっきちっと(戦術的に)やりすぎちゃうのも、ダメなのかもしれない。育成の現場では、相手の動きに対応し、こうなったらこう、という発想が出てこないこともある。例えば、3バックでボールを回していて、相手も3トップで(守備が)はまっていてうまくいかないのに、中盤から一人(DFラインに)おりて最終ラインを4枚にして、ビルドアップを安定させるという発想がなかなか出てこない、とか。指導者の指示を待つというか。もちろん、今回の決勝でも、監督の指示から打開した場面もあった。でも、ピッチの選手の肌感覚で、いまその状況が気持ちいいのか、気持ちよくないのか。それを敏感に感じる能力は、前半流れが滞ったフランスと比べても、アルゼンチンが長けていた。W杯で上位を目指すためには、個人としてもチームとしても引き出しが多くないといけない、ということを改めて痛感した」

 さらに話題は、メッシやエムバペら、試合を決める前線の個、にも及んだ。突出した才能は、育成から簡単に生まれるものではない、という前提の下で、どうやって個を育てていくのか。

 「決勝でいえば、得点したのはエムバペ、メッシ、そしてディマリアですよね。どれだけ大舞台で決めてきたか。それが選手の格。やはりタレント力は無視できないです。点を取ることでここまで来た、彼らの積み上げがこの舞台でも引力になる。彼らの元にボールが来るんです。そこには、彼らがペナルティーエリアに入れるような作りを、周りがしているから。極力守備の負担を減らし、彼らはそれに応えてきた。じゃあ、みんなで攻守を勤勉にやらないと勝てないという戦い方の日本はどうする、となりますよね」

 1人で試合を決めてしまうような個を生かす、というサッカーは、これまでの日本では実行されてこなかった。

 「だから育成が大事。日本にも、育成年代に才能の原石はいるんです。でも、削ってしまう。守備ができない、走らない、などの理由で。特大な才能が、メッシやエムバペのように、最大出力を出せる形を周囲でつくる、というタレントから逆算した発想でのチーム作りには現時点でなっていない。現状みんなでサッカーしないと、日本は世界で勝てないので。FWも行きつく先はハードワーク。でもその考えで、本当の9番(点取り屋)は生まれるのか、ということを今後は考えていかないといけない」

 W杯には、世界のサッカーのトレンドを左右するという一面もある。今回の結果を受け、より個にフォーカスした育成の重要性は浮き彫りになったといえる。その上で、中村氏は2026年のW杯に向け、思いを巡らせた。

 「課題は山積みです。でも(W杯に初出場した)24年前の方が、もっと山積みだったんです。それを1個ずつ、丹念に解消してきてここまできた。もちろん解消できていないものもいっぱいある。日本は(Jリーグ発足から)30年でここまできた。ここから育成とJリーグが、もっとレベルアップしなくちゃいけない。サッカーの本質、奪う、走る、躍動しないと勝てない。ミス待ちの守備をやっているリーグでは勝てない。Jリーグでも、迫力を持った守備、そしてそれをはがしてビルドアップするチーム、が増えていくことで技量は上がっていくはず。今回のW杯で、世界はこうなんだと多くの日本人が目にしたと思います。日本が出てなければ、W杯ってすごいなあ、で終わり。でも2大会連続でベスト16までいったからこそ、やれることはいっぱいあるな、と」

 一足飛びで世界の頂点まで駆け上がる魔法はない。それでも、日本が一歩一歩、上ってきた階段は、確かに頂点へと続いているのでは、という実感もある。

 「今回のW杯で活躍した選手の多くは、4年前はJリーガーだったんですよ。(川崎出身の)田中碧だって、板倉だって、4年前にはあの舞台に立っているなんて側にいた僕には想像できなかった。だから、誰にでもチャンスはあるんです。要は、そこを本気で目指すかどうか。日本が2大会連続でベスト16まできたことは、もちろん称賛されるべきです。でも同時に突き付けられたもの、壁の高さと厚さは感じました。日本はまだ、優勝できる国ではない。しかし適当に山を登っていても、頂点まではいつまでたっても到達しない。優勝するつもりで、そこへ行く準備をする。川崎で初優勝(2017年)した時に感じたのですが、目標に到達する時は、いろんなものが積み重っているもの。間違いなく日本は進歩している。そして、日本代表が近づいてくれたからこそ、その遠さを感じることができた。優勝したアルゼンチンのスカローニ監督は、僕の2歳上です。2年後にW杯決勝の指揮…それは考えられない。でも、どれだけ、自分の心に火がついたか。この1か月の刺激、真剣に考えたことを、日本サッカーに関わるすべての人たちと生かしていきたいと思っています」

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