万城目学氏「ドーハの歓喜」狂気の布陣で動かした 4年前ロストフの地で止まっていた時計…代表観戦記

スポーツ報知
試合に勝利し喜ぶ堂安ら(カメラ・小林 泰斗)

◆カタールW杯 ▽1次リーグE組 ドイツ1―2日本(23日・ハリファ国際スタジアム)

 作家・万城目(まきめ)学氏(46)が「代表観戦記」第1弾を寄せた。カタールW杯1次リーグE組で、日本は初戦で対戦したドイツに2―1で大逆転勝ちする大番狂わせを演じた。世界中に衝撃を与えた森保ジャパンの歴史的勝利を「最高難度の離れ業」と評し、前半の絶望から後半に逆転2得点と変貌(へんぼう)したチームの戦いを振り返った。

 えらいこっちゃ、である。

 あの超強豪ドイツに勝ってしまった。

 しかも、逆転勝利。

 これまで、森保ジャパンが逆転で勝利をつかんだのは、2019年アジアカップでのトルクメニスタン、ウズベキスタン戦の二試合のみ。

 それがドイツ相手に、やってのけてしまった。

 しかも、ワールドカップの本番で。

 前半の出来を見て、これから日本サッカー史でもっとも輝かしい勝利の瞬間が待ち構えている、と予想できた人は、まずいないだろう。

 前半でわれわれが目の当たりにしたのは、大人と子どもほどのレベルの差。かつて「日本サッカーの父」と呼ばれた、ドイツ人コーチ・クラマーさんが日本代表に教えを授けたのは60年代。それから六十年が経っても、父の国はかように強大なのか―。絶望しか湧き上がってこない、圧倒的なドイツの優位ぶりだった。

 何しろ、前半に通すことができた日本のパスはたった62本。日本代表の歴史上、もっとも少ない数だったという。ちなみにドイツ戦のあとに続いた、スペイン対コスタリカにおいてスペイン代表が一試合で通したパスの数は1000本だった。過去最悪レベルで、何もできなかった前半だったということだろう。

 まさに手も足も出なかった45分を終え、ハーフタイムに入る前の森保監督のコメントは、

「ビハインドを負っても、崩壊することなく戦う」

「崩壊」というあまり使われない単語が飛び出したことが印象的だった。ただ、パニックになっている様子はなく、「0―1」というスコアはいくらでもあり得る、と心の準備ができているように見えた。

 後半、日本代表は変貌する。

 森保監督の特筆すべき特徴として、「あまり日本人らしくない」点が挙げられる。

 それは「漠然とした攻撃精神に捉われない」という意味だ。

 こちらから仕掛けるのではなく、リアクションとしてのサッカー、相手ありきのサッカーをとことん突き詰めて考える。そこから逆算して選手を選考する。

 過去、「もっとも日本人らしかった代表」としてブラジルW杯に挑んだザックジャパンが挙げられる。根拠なき楽観論が選手の間で支配的となり、「自分たちのサッカーを貫く」という相手不在の曖昧な攻撃精神が膨張した結果、現実が存在しなくなったのがザックジャパンだった。それとは対極にあると言ってよい、リアリズムに徹したチームが牙を剥く。

 ひとつのシステム変更が、これほど劇的な戦況の変化をもたらすとは。

 さらには、ドイツ代表があまりにもチャンスを潰しすぎた。もしも、日本代表が格下相手に攻めに攻めて、あれだけシュートを外しまくっていたら、「そのうち逆にやられる」となるだろう。でも、果たしてドイツに当てはまる話なのだろうか、と思っていたら、現実のものになってしまった。

 それにしても、メモを取ることをやめた、ただW杯で勝つためだけにそこに立つ、森保監督の勝負師ぶりはおそろしいほどだった。誰が新しく入り、どこの位置に収まったのか。交代枠の五人は余っているのか、使いきったのか。こちらが把握できぬほどの怒涛の戦力投入により、混沌3バックは最終的にDFの前に本職の守りの選手が遠藤だけ、あとはすべて攻撃のプレイヤーが占めるという狂気の布陣に仕上がった。

 日本代表は間違いなく、ドイツに舐められていた。同じくらい日本国民からも舐められていた。だが、困難な状況に陥ることをはじめから想定した上で集められたメンバーが、ついにその真価を発揮する。

 後半38分、超絶トラップから、とんでもない逆転ゴールを浅野が決める。

 その瞬間、長い沈黙の時間を経て、「ゴトリ」と動きだしたものがあった。

 四年前、ロストフの地で止まっていた時計の針だ。

「格上相手にリードをしたまま、いかに試合を閉じるか」

 ロシアW杯でベルギー相手に2―0から逆転され、あと一歩のところでベスト8への夢が儚く散った―、あの日、与えられた大きな宿題に回答すべきときが早くも訪れた。

 日本代表の選択は「攻める」だった。

 正確には「攻める」「守る」というはっきりとした意識づけに基づくプレーに寄るのではなく、試合終了の笛が吹かれるまで「ずっと戦う」だった。

 おそらく、そこには前日、アルゼンチンを粉砕したサウジアラビアの、最後まで受け身に回らない獰猛なまでの戦い方から無意識のヒントをもらった部分もあったはずだ。

 四年前と彼らは違っていた。

 彼らはどこまでもタフに、冷静に、クリーンに戦い続け、ドイツ相手に勝ち点3を奪うという、最高難度の離れ業を成し遂げてしまった。

 時計の針は進められたのだ。

 次はコスタリカ戦。

 ゴールキーパーまで戻す、バックパスの頻度が高すぎることが心配だが、きっと修正が施されるだろう。いつかの安貞桓(アン・ジョンファン)のように、得点を決めた堂安、浅野がドイツの所属クラブから首にならないか心配だが、ドイツ人は真面目だから大丈夫だろう。

 もしも、このままスペインに次いで2位でグループリーグを通過したとしよう。すると、ベスト16でぶつかる相手はお隣のFグループ1位だから、え? ベルギー? いや、これを考えるのはまだ気が早い。

 ところで、早速散見される「ドーハの奇跡」という表現には引っかかりを覚える。

 ここは「ドーハの歓喜」と呼ぶべきだろう。

 なぜなら、決して神頼みの結果ではなく、準備と勇気、そして自らの強靭な意思でもって引き寄せた勝利に、「奇跡」という言葉が醸し出す受け身のニュアンスはふさわしくないからだ。

 まあ、勝てばどうでもいい話だけれど!

 ◆安貞桓の解雇 2002年の日韓W杯決勝トーナメント1回戦のイタリア戦で、韓国代表のFW安貞桓(当時26)が1―1で迎えた延長戦で決勝点を決めた。これに当時、安が在籍していたイタリア1部ペルージャのガウチ会長が激怒し「彼の行動はイタリアのプライドを傷つけるもの。給料を払うつもりはない」と非難。事実上の解雇通告をし、安は退団した。

 ◆ロストフの悲劇 ロシアW杯決勝T1回戦(ロストフナドヌー)で、当時FIFAランク61位の日本は同3位ベルギーと対戦。日本は後半3分に原口が先制し、同7分に乾が追加点を挙げた。しかし、高さを生かした相手の攻撃により劣勢に立たされ、1点を返された同29分、フェライニに同点ゴールを許す。2―2のまま延長戦にもつれ込むかと思われたロスタイム4分、本田の左CKがGKクルトワにキャッチされると、そこからわずか14秒、高速カウンターからシャドリに逆転弾を許した。日本はラストプレーで8強入りを逃した。

 ◆万城目 学(まきめ・まなぶ)1976年2月27日、大阪市生まれ。46歳。京大法学部卒。2年間の化学繊維会社勤務を経て、2006年「鴨川ホルモー」でデビューし、ボイルドエッグズ新人賞を受賞。07年「鹿男あをによし」、09年「プリンセス・トヨトミ」、10年「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」、13年「とっぴんぱらりの風太郎」、14年「悟浄出立」がいずれも直木賞候補となった。作品の多くが映画化されている。最新刊は「あの子とQ」。

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