西野朗氏特別評論「ポイチ(森保一監督)が、私が分からなかった答えを出してくれた」悲劇から4年後の奇跡

スポーツ報知
勝利し、笑顔を見せる森保一監督(カメラ・小林 泰斗)

 スポーツ報知にカタールW杯特別評論を寄稿する前日本代表監督の西野朗氏(67)が、16強入りした2018年ロシアW杯後、史上初の8強入りの夢を託した森保一監督(54)による「ドーハの奇跡」の大胆采配をたたえた。日本が23日、1次リーグE組初戦で優勝経験国のドイツを逆転で破った意義については「日本がもうサッカーの小国ではなくなった証明」と語った。27日のコスタリカ戦で勝利すれば、2大会連続の決勝トーナメント進出が決まる可能性がある。

 日本サッカーがここまできたのか。そう思いながら終了のホイッスルを聞いた。あのドイツ相手にW杯で、勇敢に、そして積極的に戦い、試合をひっくり返した。前回ロシアW杯で、自分たちからアクションを起こして世界と戦えると手応えを感じてから約4年半、日本がもうサッカーの小国ではないと証明する歴史的な勝利だった。日本は強豪国から警戒され、リスペクトされる立場になった。

 勝因は、やはり後半に躊躇(ちゅうちょ)なくシステムを変え、攻撃的な選手5人を投入したことにある。前半はドイツの前線5枚が高い位置でプレーしたため、マッチアップを余儀なくされた日本の前線、中盤が薄くなり、ハイプレスが機能しなかった。一方でドイツにボールを握られ、圧倒的劣勢になったことで後半、思い切ってシステム変更ができたともいえる。

 後半最初は3バックというより、5バックで低い位置をとり、ディフェンスが機能し始めると両サイドを上げて攻撃的にシフトした。二の矢としてフレッシュな選手を投入した。ドイツとすれば、対峙(たいじ)する選手が次々に代わったことで対応が遅れ、日本に流れが傾いた。大会前に話す機会があり、ポイチ(森保監督)はW杯に向けて「けっこういろいろやっています」と含みを持たせていたのを思い出す。これまで大胆な采配が少ないと思われていたポイチが、勝負師の顔を見せた本番仕様の采配だった。

 あと少しで8強を逃したロシアW杯の後悔は今でも忘れない。決勝トーナメント1回戦のベルギー戦、後半2―0とリードしたときに長谷部が「監督、どうしますか」と聞いてきた。流れをキープしたい私は「このままでいい」と曖昧な指示を出した。守るのか、攻めるのか、チームに明確なメッセージが出せず、そこから3失点して敗れた。

 この大会でコーチだったのがポイチだ。そのポイチがドイツ戦でシステム変更、攻撃的選手の投入で「勝ちきるんだ」という明確なメッセージを選手たちに送り、形勢を逆転させた。勝ち越したあとにもシンプルにクリアすること、時間の使い方などジェスチャーを交えて伝えていた。私はベルギー戦後、敗因について取材で「何が足りないんでしょうね」と自問自答した。この日、「あとは頼む」と代表監督のバトンを渡したポイチが、私が分からなかった答えを出してくれたような気がした。流れを変えるという強い意志のある采配。ロシアで見た私の背中から何かを感じ、それが生きたのなら糧になる敗戦だった。「ロストフで(負けて)倒れ込んで背中に感じた芝生の感触、見上げた空を忘れるな」と伝えた(吉田)麻也や長友らが、結果を出してくれたことがうれしかった。

 次戦はコスタリカ戦だ。スペインに0―7で負けたが気持ちを切り替えてくるだろう。ただ、どう反発しようが、日本の方がチーム力は確実に上回っている。この4年半で本来の組織力に加え、個人のレベルも確実に上がっている。目標に置いているベスト8は、決して大きな目標ではなくなった。先を見据えた多少の選手交代も含め、今の日本には余裕を持った戦いができる強さがある。(前日本代表監督・西野朗)

 ◆西野 朗(にしの・あきら)1955年4月7日、浦和市(現さいたま市)生まれ。67歳。早大時代にFWで日本代表入り。卒業後は日立製作所(現柏)に加入し90年に引退。94年U―23日本代表監督に就任し、96年アトランタ五輪でブラジルを破る“マイアミの奇跡”を演出。その後は柏、G大阪などの監督を歴任してJ1最多270勝。2016年に日本協会の技術委員長となり18年4月、日本代表監督に。16強入りしたロシアW杯後の同7月末退任。19年7月、タイ代表監督に就任し、21年7月に退任した。

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