神戸GK飯倉大樹、クラブを思うがゆえに苦言呈した36歳「親父の小言はここまでです」…Jリーグ惜別特集

神戸・飯倉大樹
神戸・飯倉大樹

 Jリーグは全日程が終了し、関西4クラブはすべてJ1残留を果たした。来季へ編成が行われるなか、チームを愛し、サポーターから愛された選手たちが今季限りで退団する。2019年夏に加入した神戸GK飯倉大樹(36)はチーム最年長日本人選手として、クラブの将来を思うがため歯に衣(きぬ)着せぬ発言で問題提起を続けた。魅力ある人間性で報道陣からも慕われた守護神の3年半を神戸担当の種村亮記者が「見た」。

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 今月5日に本拠地で行われたリーグ最終戦。負傷のためスタンド観戦していた飯倉に声をかけ、1年間のお礼を伝えると「また。よろしくお願いします」と肩をポンとたたかれた。その4日後、退団が発表された。クラブを通じて「お別れのあいさつをする時がきました。出会いの数だけ別れもあります。これは人生の法則です」と独特の言い回しでコメントした。

 記者が3歳上だが「アニキ」と呼びたくなるオーラをまとっていた。36歳のベテランらしい落ち着いたプレーやセービングに加え、特徴的だったのはビルドアップの高い技術。相手FWのプレスにひるむことなく、攻撃の起点としても貢献した。スペースがあれば果敢にドリブルでボールを運ぼうとする「飯倉チャレンジ」には何度も目を奪われた。

 忖度(そんたく)なく苦言を呈する守護神の取材では、クラブの現状を問う機会も多かった。「こういうジジイみたいなヤツが言ってかないと」と笑いながら、いつも強調したのは「クラブには中長期的な目標が必要」。退団のリリースに記された「僕はヴィッセルの『スタイル』をつくりたいと思い来ました。勝っても負けてもこれがヴィッセルだ、と言えるものをつくりたかった」との言葉には、志半ばで去る無念さがにじんでいるように思えた。

 長文の退団コメントの最後には「誰かが言わないと変わらないし、きっかけにもならない。だから僕は言い続けてきました。親父の小言はここまでです」とあった。担当記者として聞けなくなるのは残念でならないが、新天地でもそのキャラクターでチームを支えてほしい。(種村 亮)

 ◆飯倉 大樹(いいくら・ひろき)1986年6月1日、横浜市生まれ。36歳。横浜Mの下部組織から2005年にトップ昇格。06年に当時JFLの熊本に期限付き移籍し、翌年復帰。以降はマリノス一筋だったが、19年7月に神戸へ完全移籍。J1通算288試合出場。181センチ、75キロ。昨年開催されたファン投票による「イケメン総選挙」のポスタービジュアルでは、自前で枝豆の衣装を用意し1位を獲得。

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