「渋谷系」の名付け親が語る盗塁へのこだわり…人気カルチャー誌編集長はなぜ週末野球選手を貫くのか【後編】

スポーツ報知
デザイナー・三宅一生氏がデザインした福岡ダイエーホークスのユニホームを、氏への追悼を込めて着用

 57歳を迎え、草野球で「7年連続100盗塁」を達成した山崎二郎。人気カルチャー雑誌「バァフアウト!」や「ステッピンアウト!」の編集長/発行人でもあり、かつて「渋谷系」という言葉を初めて用いたことでも知られる伝説のクリエイターは、なぜ盗塁にこだわり、スタートを切り続けるのか。全3回のインタビュー、後編です。(加藤弘士)

□初めて「渋谷系」と書く

 「バァフアウト!」が創刊された1992年、東京・渋谷を中心に次世代の文化へ、強い情熱と優れた才能を持った人々が集いつつあった。山崎が「渋谷系」という言葉を初めて世に放ったのも、その頃だ。

 「当時、同世代のDJやアーティストなど、若く、才能のある知り合い人がいっぱいいるのに、全然メディアが取り上げていなかったんで、彼らを紹介したいと思って始めました。みんなが集まっていたのが、渋谷だったんですよ。『バァフアウト!』を創刊したばかりの頃はそれだけ生活できなかったので、当時セゾングループが発行していたタウン誌『apo』で、当時のレコード店を取材しながら、渋谷の音楽シーンを紹介する記事を書いたんです。そこで『渋谷系』と軽い感じで名付けました。なんで、言葉が1人歩きして、驚いたと言いますか(笑)。大沢伸一(モンド・グロッソ)さん、沖野修也(キョート・ジャズ・マッシヴ)、小沢健二さん、小山田圭吾(コーネリアス)さん、瀧見憲司(クルーエル・レコーズ)、田島貴男(『オリジナル・ラブ』)さん、橋本徹(サバービア・スイート)、矢部直、ラファエル・セバーグ、松浦俊夫(『U.F.O.』)さんとみんな同年代。自分たちの感覚を信じて、大人を介在させず発信していくという意識が街に充満していまして。インターネットが一般化する前でしたから、ライヴ会場、クラブに行き、濃密なコミュニケーションを行っていたことが、以後、全国的なムーヴメントに繋がっていきました」

 「バァフアウト!」は読者のハートをつかんだ。刊行は年4回から6回、10回、月刊と増えていった。発行母体も会社になり、関わる人も増えた。すると、山崎の心に忘れかけていた情熱がよみがえった。

 野球がやりたい-。

 「勇んで『バァフアウツ』という草野球チームを結成しました。自分が監督兼選手なんですが、仕事も超忙しくて、日々徹夜の状態で。ネットもない頃だったから、対戦相手も見つからないし、人数が足りないと助っ人も見つからない。2年ぐらいで、大変過ぎてやめちゃったんですよ」

□初動負荷トレとの出合い

 転機は40代中盤だった。普通の中年男性はこのあたりから急激におっさん体型へと落ち着いていくのだが、山崎は違った。憧れのイチローに少しでも近づきたい…。その思いが初動負荷トレーニングへと向かわせた。

 「ボクシングの亀田3兄弟が三軒茶屋にジムを作ったというので、近所だったんで通うことにしたんです。そこには普通のウェートマシンとは違うマシンがあって、それをやると肩甲骨の可動域が拡がったり、股関節の動きが良くなる初動負荷トレーニングのマシンというんです。調べていくと、それはイチロー選手が取り組んでいるトレーニングだと。それを続けていくうちに、体も動けるようになってきて。久しぶりに草野球をやったら、思っている以上に動けるんですよ。びっくりして。もっともっととなり、初動負荷トレーニングの専門ジムに通い出したら、やっていくうちに足が速くなっていくんです。年齢を重ねると真っ先に衰えるのが『足』なんですが、逆に速くならないか、それこそが挑戦だと思い込んで(笑)」

 中年になってもジョギングに取り組み、マラソン大会に出場し続ける市民ランナーも多い。しかし、なぜ山崎は「盗塁」にこだわるのか。

□自らに課す「成功率9割」

 「50メートルなら負けますが、塁間の28メートルなら、トレーニング次第で行けるんじゃないか?と。それと、アウトかセーフか。スリルがたまらないんです。そして、盗塁することって難しくて。まずは試合に採用していただかないと、盗塁はできなく。ケガをしてしまうと、ゲーム数は稼げない。率じゃなくて数ですので、ゲームをこなさないと、数は増えないわけです。打順が下位だと走れる機会が少ないので、1、2番に起用してもらうには、結果を出してないといけなく。難しいのは、福本豊選手の名言『盗塁の秘訣? 塁に出ることや』というように、出塁できなかったら、『挑戦権』がないんです。さらにいえば、出塁しても次の塁が詰まっていたり、バッターがクリーンアップだったり点差が離れていたら、走れませんし」

 そびえる高い壁。それでも「盗塁」に挑む。山崎は続ける。

 「僕は今、草野球で助っ人という立場で出ているんですが、盗塁って失敗すると、凄くチームにダメージがありますよね。走るより打ちたいというモチベーションでやっている方々がほとんどですので。しかも助っ人が盗塁失敗って、一番まずくて。『何やってんだよ!』という空気が(笑)。だから成功率が高くないといけなくて。自分は『9割』と設定しています」

 57歳シーズンの今年も成功率9割1分7厘と有言実行。76試合に出場し、100盗塁と疾走は続いている。

 「初動負荷トレは毎日1時間半、ルーティンにしています。座ってパソコン仕事が多いので、固まってしまう肩甲骨、股関節をほぐしてくれる効果もありますので。試合前もトレーニングしてからグラウンドに入るようにしています。ケガが怖いのと、イチロー選手の『準備が大切』という意識だけは近づけるのかな?と勝手に思い込んで(笑)」

□「明日なき暴走」

 編集長/発行人を務めるカルチャー雑誌「ステッピンアウト!」は40歳以上の読者を対象に、「挑戦し続ける大人たちへ」がコンセプト。それを体現し、日々軽やかに楽しげに遂行する山崎の姿は、生きた手本になりうる。試合翌日になると、自身のSNSにはユニホーム姿とともに、“BORN TO RUN”と記す盗塁動画をアップする。ブルース・スプリングスティーンの3枚目アルバム「明日なき暴走」の原題である。

 「一番先に足が衰える中で、逆に足が通用するというのは、最高のチャレンジと思っていまして。走れなくなったら、若手相手に通用しなくなったら、プレーをやめようと思っているんです。ですが、57歳ですが、今が人生で一番、走れていると思っています」

 試合に出場する際、着用するのは古今東西のプロ野球ユニホームだ。マニアックな装いでのユニホーム姿もたびたび見られる。

 「ユニホーム、大好きなんです。ベースボールのいいところは、クラシックさを大切にしているところ。その価値観は米国にもしっかりあって。球場の建築やユニホームのデザインもそうです。そこにいかに、新しいものを取り入れるかが面白いという価値観なので。『ひとり復刻ユニフォーム・デー』と名うって、過去の素晴らしいユニホームを着てプレーし、SNSで投稿しています。100着ぐらいありますでしょうか? メルカリで安く買っています(笑)」

□いつまでやれるのか…自分自身への実験

 「バァフアウト!」は今年、30周年の記念イヤーを迎えた。その年に、自身も7年連続100盗塁の大台に達した。心身ともにさびない57歳にとって、今後の目標は何だろうか。

 「敬愛するイチロー選手は引退会見で『今後は真剣に草野球を極めたい。トレーニングを続けることで、自分の身体を使って、どこまでやれるか実験してみたい。野球探求者になってみたい』的なことをおっしゃっていました。55歳でハードなトレーニングと節制を行い、現役を続けている三浦知良選手もそうですが、僭越ながら、自分もそれを見習いたく。何歳まで今のプレースタイルでやれるのか? 『走る』というプレーで実験してみたいんです」

 自身が日々、汗をかいて挑戦を続けているからこそ、表現のフィールドで努力を重ねる表現者への共感や愛が込められた雑誌を作り続けられるのだろう。

 高鳴る胸の鼓動。敵も味方も若い世代しかいない中、山崎は次の塁に目標を定め、勇気を持ってスタートを切る。アウトかセーフか。失敗を恐れて踏みとどまっては、何も得られない。それはまるで、人生そのもののようにも思える。

 「明日なき暴走」に、終わりは見えない。

 ◆山崎 二郎(やまざき・じろう)1965年、埼玉・草加市生まれ。92年にインディペンデント・カルチャー・マガジン「バァフアウト!」を創刊。2008年には「挑戦し続ける大人たちへ」をテーマにした「ステッピンアウト!」を創刊。エディターのかたわら、著述家、写真撮影、作詞、選曲、ロゴ・デザインと多彩なジャンルを手がけるクリエイターとしての顔も持つ。「週末野球選手」として57歳となった現在も草野球に没頭。今年は76試合に出場し、264打席に立ち、100盗塁をマークした。

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