57歳が7年連続100盗塁を達成できた理由…人気カルチャー誌編集長はなぜ週末野球選手を貫くのか【前編】

スポーツ報知
SNSでユニホーム着用写真を定期投稿している山崎。このユニホームはそれを見た日本ハムの球団スタッフが送ってくれたものだ

 57歳を迎えたこの2022年、草野球の世界で「7年連続100盗塁」の偉業を成し遂げた人がいる。男の名は山崎二郎。人気カルチャー雑誌「バァフアウト!」や「ステッピンアウト!」の編集長/発行人でもあり、かつて「渋谷系」という言葉を初めて用いたことでも知られる伝説のエディター/クリエイターだ。なぜ山崎は走り続け、挑戦することをやめないのか。インタビューを3回に分けてお届けする。(加藤弘士)

□ぞんざいに扱われるのが、気持ちいい

 山崎は自身を「週末野球選手」と名乗る。チームには属さない。ネット上でメンバーがそろわないチームのための募集サイトに応募して、当日指示された場所へと出向き、塁に出て、盗塁を試みる。グラウンド内にいるプレーヤー達は誰も知らない。彼が伝説のカルチャー誌をたちあげ、今もなお世に送り出す有名なエディターであることを。

 「前提としてチームに所属していないので、採用されないと試合に出られないんです(笑)。部活経験もなく、年齢も年齢ですから、必ず成績をつけて資料を添付して応募するようにしています。参考にして、ご判断下さいと(笑)。そのためにも結果を出すのが大事なんです」

 2022年シーズンは76試合に出場。11月13日には7年連続となる100盗塁を達成した。出塁率は5割7分5厘。盗塁成功率は9割1分7厘を誇る。

 「最初は年齢も書いていたんですが、年齢を書くと現場で気を遣われてしまって。あと、年齢だけ見て落とされちゃうんで(笑)。これは自分ならではかも?と思うんですが、フツーに誰にでも『チワ~ス』って、軽く行けるんですよ。若い人にも。同世代からは『山崎、よくそんなことできるなあ。普通できないよ』と言われるんですが、むしろ、20代のチームに行って、MLBの話で盛り上がったり、時にぞんざいに扱われるのも、僕はすごく気持ちいいんです」

□ムッシュかまやつの教え

 野球帽を深くかぶり、サングラスをしていると、確かに「週末野球選手・山崎二郎」は年齢不詳だ。日々の鍛錬の成果もあって、57歳にはどうしても見えない。

 「それなりの世代にまじって、肩の弱い捕手を相手に盗塁を決めても、全然うれしくないんですよ。若い人を相手に、アタマも使って弱者が強者を倒すから面白くて。それって、有名な野村克也さんの教えですよね。現役晩年に『今の頭脳と、若い時の体力があったなら』というご発言を読みまして。今、それが体現できているのがうれしく。あと、『大事なのは感じる力』というお言葉にも勇気をいただいています。アーティスト、クリエイターでなく、アスリートも、そこが大事なのだと。それらを駆使することで、明らかにレヴェルが高い、若いプレーヤーに『うっちゃれる』時がありまして。あと、僕らの世代はどうしても若い人へ上から目線になるし、上下関係を大事にしますが、そういうの、自分が若い時、すごく嫌だったんですよ。それを教えてくれたのが、20代に『バァフアウト!』を始めた頃に連載をしていただいた、ムッシュかまやつさんなんです」

 ムッシュかまやつ。言わずと知れた日本のロックシーンのパイオニアだが、晩節になっても若きミュージシャンとの交遊を続け、ライヴやレコーディングをともにし、最前線に立ち続けた。

 「かまやつさんはあんなに凄い人なのに、つねにフランクで、新しいことを話すと『それって何ですか?』と逆に聞いていただいて。そういう大人がカッコいいと思ったんです。取材させていただきました、矢沢永吉さんや佐野元春さんもそう。常に新しいことにオープンで、目線がフラットでいらっしゃる。で、僕も27歳で精神年齢が止まっています(苦笑)」

□学級新聞に寄せたレコード評

 山崎は1965年、埼玉県草加市に生を享けた。少年時代は同世代のほとんどがそうであったように野球へと魅了されたが、プレーヤーとしては「下手くそ」だったと振り返る。

 「団地だったので、子ども人口が多くて。上手くないとチームに入りづらい雰囲気がありました。背が小さかったので、憧れは『小さな大打者』若松勉さん。野球は大好きだったけど、下手だったので、一人でカベ当てをやっていて(笑)。なんで、部活経験はないんです。その頃にできなかったこと、野球選手になりたいという夢を、今やっているって感じですね」

 それでも「三つ子の魂百まで」である。書くことの楽しさを知ったのもこの頃だ。

 「小学校の頃に新聞委員になって、大きな模造紙に学級新聞を作るんです。そこにレコードのレビューとか、テレビドラマのレビューや先生のインタビューを掲載していました。今やっていることと、変わっていないという(笑)。住んでいる団地の横には独協大があって、キャンパスを遊び場にしてたんですけど、70年代の後半は第1次キャンパスブームがあった頃で、雑誌の『ポパイ』が創刊されたりと、大学生のカルチャーが盛り上がっていたんです。小学生の頃から背伸びして『ポパイ』を読んでいて、早く大学生になりたいなと思っていました。雑誌は、子どもの頃から好きだったんですね」

 思春期を経て、高校生になった山崎だが、夢中になれるものを見つけられずにいた。そんな高校3年の12月。同世代のロックシンガーが歌うあの曲と巡り会い、人生が変わっていくことになる。(【中編】へつづく)

 ◆山崎 二郎(やまざき・じろう)1965年、埼玉・草加市生まれ。92年にインディペンデント・カルチャー・マガジン「バァフアウト!」を創刊。2008年には「挑戦し続ける大人たちへ」をテーマにした「ステッピンアウト!」を創刊。エディターのかたわら、著述家、写真撮影、作詞、選曲、ロゴ・デザインと多彩なジャンルを手がけるクリエイターとしての顔も持つ。「週末野球選手」として57歳となった現在も草野球に没頭。今年は76試合に出場し、264打席に立ち、7年連続の100盗塁をマークした。

野球

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×