岡野雅行が決めた決勝ゴールから始まったW杯連続出場…7度目の日本代表へ「下馬評を覆して」とエール

スポーツ報知
延長戦からピッチに入り、日本サッカー史に残るゴールを決めた岡野

 創刊150周年を迎えた報知新聞の特別企画「スポーツ報知150周年 瞬間の記憶」。今回はサッカー日本代表が初めてW杯出場を決めた1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルで行われたアジア第3代表決定戦・イラン代表戦での岡野雅行の決勝ゴールです。日本時間の午後10時に始まった試合は、90分を終えて2―2と決着がつかず、得点が決まった時点で終了するゴールデンゴール方式の前後半15分の延長戦に突入。締め切りが迫る中、必死の思いで勝利を待った大好敦カメラマン(55)の奮闘を振り返ります。

 * * *

 現在、J3鳥取のGMを務める岡野さんはジョホールバルの一戦を「今も負けたことを想像するだけで恐ろしい」という。岡田武史監督には「お前は秘密兵器。大事な場面で使う」と言われていた。最終予選の出場はなし。イラン戦はアップからスライディングまで披露するなど気合十分だった。

 出番はゴールデンゴール方式の延長開始とともに訪れた。点が入ればW杯が決まる。会場の雰囲気は重く、ピッチに立つと体が動かなかった。決定機を3度外し、心の中では「これでは日本に帰れない。大好きなサッカーを始めたことさえ恨んだ」。その中で延長後半13分に決勝ゴール。「これで日本に帰れると思った」と歓喜よりも安どの気持ちが上回った。

 帰国すると「岡野フィーバー」に沸いた。帰宅途中に寄った埼玉県内のコンビニではあっという間に囲まれた。CDショップでレゲエのCDを1枚買うつもりが、人が集まりすぎたため見栄を張って20枚購入したことも今では笑い話。サッカーに興味のない人とも会話のきっかけになり「初対面でも話のネタになる」と笑う。

 20日からはカタールW杯が始まる。7度目の出場となる日本代表へ「負けたらボロカス言われるけれど勝てばスーパースター。下馬評を覆してほしい」。岡野さんらしい表現でエールを送った。(山田 豊)

 ◆フランスW杯アジア最終予選 B組の前半、1勝2分け1敗で、加茂周監督を解任。岡田武史ヘッドコーチが昇格し、アウェーで韓国を破るなど同組2位でイランとの第3代表決定戦へ。延長後半13分に途中出場の岡野がゴールを決め、3―2で日本が初のW杯出場を決めた。

 ◆フランスW杯の日本 優勝2回を誇るアルゼンチンと初出場のクロアチア、ジャマイカとのH組に。アルゼンチン、クロアチアと強豪相手に0―1と惜敗。3戦目のジャマイカ戦でFW中山雅史が日本勢初ゴールを決めたが、1―2で敗れ、3戦全敗で1次リーグ敗退となった。

 ◆岡野 雅行(おかの・まさゆき)1972年7月25日、横浜市生まれ。50歳。松江日大(現・立正大淞南)高から日大へ進学。3年時に中退してJ1浦和入団。スピードを武器にFWとして活躍し、96年にJリーグのベストイレブン受賞。日本代表として98年W杯フランス大会にも出場。J1神戸、浦和、香港リーグでのプレーを経て、09年8月に当時JFLの鳥取移籍。13年に引退し、鳥取GMに就任。

サッカー

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×