【楽天】担当記者が素顔を明かす「涌井秀章という男」

スポーツ報知
涌井秀章

 楽天・涌井秀章投手と中日・阿部寿樹内野手の交換トレードが15日に成立し、両球団から発表された。手薄な右打ちの内野手の補強を模索していた楽天と、先発陣の強化を図る中日の思惑が一致した。

 ロッテ時代から取材する楽天担当・長井毅記者が、ベテラン右腕の素顔を振り返る。

 記者との初対面は18年2月。ロッテの沖縄・石垣島キャンプだった。ブルペンに入る度に投球内容をネット用の原稿にアップしていた。この記事をチェックしていた涌井からは「何なの? あの日記みたいなやつ」と一蹴された。ぶっきらぼうな最初の会話がこのやり取りだった。

 通常、先発投手は登板前日に囲み取材に応じるが、涌井は違った。記者が待つ場所には顔を出さず、裏口から人目を避けるようにしてロッカーに消えていく。たまに投手練習後に世間話をすることはあったが、野球の話は一切無し。活躍した時に書きたい裏話は本人からは出てこなかった。

 19年オフにロッテから金銭トレードで楽天に加入してからも同じ。何度か食事にも行ったが、野球の話はほとんどした記憶がない。ただ、「どうしても必要だから」とお願いすると、しっかりと質問に答えてくれた。怒られることを覚悟して書くが、“天の邪鬼(あまのじゃく)”っぽい性格だと思う。

 新天地1年目となった20年は開幕から絶好調で11勝をマーク。史上初の3球団(西武、ロッテ、楽天)での最多勝を獲得した。ロッテ最終年は「年齢」を理由に涌井の衰えを指摘するような書き込みがネット上にあふれていたが、結果で黙らせてきた。

 21年には通算150勝にも到達した。節目の記録を達成した時には「周りからは『次は200勝ですね』とか言われるけど、現実的な数字を考えたら全然実感がわかない。100勝目から50勝積み上げるのに5年かかった。なおかつ年齢的なとことを考えると、何年かかるかわからないのが正直なところ。時代も変わって年齢が高い人からクビにされていく世界。今後は150勝が昔の200勝くらいの価値になるのかな。いずれにせよ、可能性がある限り目指したい場所ができた」と本音で語っていたように、残り46勝となった金字塔への思いは今も胸にある。

 並外れた「精神力」と「頑丈な体」があったからこそ18年間、第一戦で活躍してこられた。17年の自主トレ中に左太ももを肉離れをしていたが、公表はしないままシーズンを完走した。19年5月のオリックス戦で右足のくるぶしに打球が当たって内出血し「足底筋膜炎」と診断された。通常なら投球できない状態でも「少し痛いぐらい黙って投げてきた」と表に出さずにマウンドに立ち続けてきた。

 今季はプロ入り後初の開幕2軍スタートを味わったが、開幕直後に新型コロナに感染した則本の代役として4月1日のソフトバンク戦(楽天生命)で緊急登板し6回1安打1失点の好投。白星こそつかなかったが、好スタートを切った。

 状態が良かっただけに悔やまれるのが故障だった。5月18日のロッテ戦(ZOZO)で右手中指に打球を受けて骨折して固定手術を行った。全治3か月の長期離脱を強いられた。激しいポジション争いで有名な横浜高時代から「休んだら外される」という危機感を常に持ってプレーしてきた男にとってマウンドに立てない時間が一番きつかったはずだ。「少しでも早く戻りたい」との思いからか、トレーナーが指示するメニューよりも急ピッチでリハビリをしていたと後で関係者から聞いた。誰よりも強い責任感がある。

 選手生命が脅かされるような「人生初」の大けが。それでも懸命なリハビリに耐えて、9月8日のソフトバンク戦(ペイペイD)で実戦復帰し、6回3安打2失点で復活勝利。デスクに「きょうは涌井で書かせてください」と面のトップ記事を懇願したのは8年の記者人生でこの時だけだ。

 人見知りが激しい一面もあるが、人情味もあふれるエピソードは尽きない。ロッテを離れる際にはお世話になった裏方に自身のユニホームにサインを書いてそっとロッカーに置いた。スタッフルームには涌井が寄贈した冷蔵庫が今も使用されている。感謝の気持ちを口には出さないが心配りができる優しさがある。

 周囲が認める“練習の虫”としても有名だ。自主トレに参加した選手の誰もが口をそろえて「涌井さんは何であんなに走れるんですか?」と驚きを隠せない。涌井は「走るのは嫌だなと毎日思っている。走るよりもゲームをしていたい」と本音も漏らすが、体にキレを生み出すためにひたすら走ってきた。正月休みで実家に帰った際もランニングは欠かさない。「ストイック」という言葉が似合う。一切妥協を許さない男は中日の若手の良き手本になるだろう。

 環境を変える度に結果を出してきた。新天地でも必ずチームの戦力となるはずだ。球団を通じ「4球団目なので、新しい友達作りを(横浜高の後輩)柳に橋渡ししてもらい、新しい野球人生をスタートしたいと思います。パ・リーグで18年やって、東北の皆さんの温かい声援は、味方になって、なお温かく感じました。日本シリーズで対戦できるように頑張ります」とコメントした。

 涌井からは「誰目線やねん!」と突っ込まれそうですが、最後に一言。人見知りを発揮して近寄りがたいかもしれないですが、本当にいいヤツです。中日関係者、ファンの皆様、涌井をよろしくお願いします。(長井 毅)

 ◆涌井 秀章(わくい・ひであき)1986年6月21日、千葉・松戸市生まれ。36歳。横浜高在学中は、2003年センバツ準優勝。04年夏の甲子園8強。04年ドラフト1巡目で西武入団。07、09、15、20年に最多勝、09年には沢村賞受賞。08年北京五輪、09、13年WBC日本代表。13年オフに西武からロッテにFA移籍。19年オフに金銭トレードで楽天移籍した。通算成績は468試合で154勝143敗37セーブ、防御率3・57。185センチ、85キロ。右投右打。妻はモデルの押切もえ。今季年俸1億1000万円。

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