将棋界を舞台とするも「ミステリー好きの人も読んでもらえたらうれしい」…綾崎隼さん著「ぼくらに嘘がひとつだけ」

スポーツ報知
「ぼくらに嘘がひとつだけ」の著者・綾崎隼さん

 才能をテーマに優しく美しい物語を紡いできた綾崎隼さん(41)が「ぼくらに嘘がひとつだけ」(文芸春秋、1760円)で描いたのは将棋界を題材にしたミステリーだ。「才能を決めるのは、遺伝子か環境か?」。問題が提起されたとき、棋士たちの人生とひとつの謎が浮かび上がる。「将棋だけでなく、ミステリー好きの人にも読んでもらえたらうれしい」と綾崎さんは言う。(瀬戸 花音)

 エリート棋士の父を持つ京介と、結果を出せず引退した女流棋士の息子・千明。棋士養成機関「奨励会」で戦い続ける2人の少年に、出生時の取り違え疑惑が浮上し、物語は急速に動き始める。「今回は先にミステリーのプロットができて、その後に将棋界を舞台にすることが決まったんです。ミステリー読みの人にもミステリーとして読んでもらえたらうれしいです」

 綾崎さんは将棋について「ライトなファンだった」というが、将棋界を舞台にするのは2作目。棋士を目指す女流棋士を描いた前作「盤上に君はもういない」と世界観を同じくする今作は、ミステリーと棋士たちの人生のかけ算だ。女流棋士の世界、棋士の世界、奨励会の世界、それぞれを繊細に描いた作品。中でも、奨励会で切磋琢磨(せっさたくま)する2人の少年について、綾崎さんは「同じ夢を持つ仲間は簡単には見つからない。奨励会で同じ熱量を持って夢を追えるのはうらやましいなと思います」と話す。

 一方で、奨励会で棋士を目指す人間に自身の思いを重ねることもある。幼い頃からともに棋士を目指した仲間が、夢破れ去っていくときの思いと似たものを知っているという。「僕は日本で最も応募総数が多い新人賞を受賞していて、その一年でデビューした同期が20人くらい。すごく仲の良かった子も売れないことでモチベーションの維持が難しかったりして離れていって、すごく寂しい。『僕は別に君が小説を書かなくても友達なんだけどな』って思うけど、向こうからすると同じ感覚ではおそらくいられなくて」

 自分とは違うフィールドで戦い続ける棋士を一ファンとして見守っている。里見香奈女流五冠の棋士編入試験も中継で見ていたが、最も思い入れのある将棋指しには里見のライバル・西山朋佳女流二冠を挙げた。「力でなぎ倒すじゃないけど、自分が信じたものでいくぞって感じの棋風が格好いい。私にはこれが全てっていうような求道者が好きです」

 それは、自身の小説への思いとも重なっている。「先輩作家から『あなたは別に売れなくなったって、本が出せないって言われたって、どうせ書き続けるじゃん』って言われて、そうだなって思ったんです。好きだから、どうなっても、書かなくなることはないだろうなと」。これからも一途(いちず)な思いで一途な人を描く。

 ◆綾崎 隼(あやさき・しゅん)1981年、新潟県生まれ。41歳。2009年、第16回電撃小説大賞“選考委員奨励賞”を受賞し、メディアワークス文庫から「蒼空時雨」でデビュー。21年「死にたがりの君に贈る物語」で第1回けんご大賞のベストオブけんご大賞を受賞。

社会

個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請 報知新聞150周年