仙台大男子柔道部・南條充寿監督、女子柔道部・南條和恵監督 夫婦監督の夢「社会に役立つ人材を」「五輪選手を出す」…ガンバる東北人

女子部員と並んでポーズを決める仙台大柔道部の南條充寿監督と和恵監督
女子部員と並んでポーズを決める仙台大柔道部の南條充寿監督と和恵監督
部員に技術指導する充寿監督(左)
部員に技術指導する充寿監督(左)
ジョークもまじえて選手と対話する和恵監督(右端)
ジョークもまじえて選手と対話する和恵監督(右端)

 仙台大男子柔道部の南條充寿監督(50)と女子柔道部の和恵監督(50)は、夫婦で助け合いながら熱心な指導を続けている。ともに西日本出身だが、宮城生活は20年超。苦楽をともにしてきた夫妻の活動に迫った。

 2人の柔道人生は正反対な環境から始まった。

 充寿「オヤジのスパルタだったので、柔道はあまり好きじゃなかったですね。ただ中3のときに全国中学大会で2位になって、そこからは自主的に取り組むようになりました」

 和恵「剣道をやりたかったのですが、家族から道具代がかからない柔道にうまく誘導されました(笑い)。周りは全部男の子でしたが勝っちゃうのがうれしくて。高1と高2の全国高校選手権で優勝して、世界を目指すようになりました。高3の時に女子がインターハイの正式種目になったのもうれしかったですね。開催地が宮城の角田市だったのも、今思えば運命を感じます」

 充寿「まさか、その隣町(柴田町)に就職するとは」

 和恵「当時は互いに知らなかったけど、あなたも同じ大会に出ていたよね。人生っておもしろいね」

 ともに筑波大へ進学し、世界を目指した。互いに卒業後も競技を続け「就職が決まったら結婚しよう」と話し合うようになった。

 充寿「28歳だった2000年に日本代表の強化選考で負けて『現役は潮時かな』と思っていた時に、仙台大から監督の話をいただきました。ゆくゆくは指導者になりたいと思っていたのですが『2日で決めてほしい』と。就職も結婚も、すぐ決めました(笑い)」

 和恵「卒業後は私が関西、彼は筑波が拠点で7年間、29歳まで遠距離恋愛でした。まだ現役を続けていたので、1年遅れで仙台に来ました」

 二人三脚で指導者としての道を歩み始めたが、当初は大変なことも多かった。

 充寿「4月の就任を前にして3月下旬に主将と副主将と会い『ミーティングをやりたいけど、次はいつ集まる?』と聞いたら『GW明けです』と…。待っている間に部室の掃除をしていたら、ひしゃくには吸い殻が。部員の灰皿代わりだったんですね」

 和恵「彼は監督なのに先頭を走って練習も一番やっていた。レベルを考えず筑波大と同じことをやったら、25人いた部員が秋には5人に減って。学生に怖がられていましたね。恐ろしい顔で指導していたし(笑い)」

 試行錯誤を続けながら徐々に結果を出し、08年には女子で日本一の選手を2人輩出。充寿さんは05年から女子日本代表のスタッフも兼務し、13年からは女子日本代表監督に。16年リオデジャネイロ五輪では70キロ級金メダルの田知本遥を含む5個のメダルを獲得した。

 充寿「代表では色々な勉強をさせてもらい、今の指導に生きていることもあります。ただ監督をしていた3年間は代表活動で年間200日も仙台を留守にしていました。ぜんぶ彼女におんぶに抱っこで…。当時の学生にはエネルギーを注げなかったことが申し訳なく思います」

 世界中を飛び回るハードな毎日の中でも結果を残し続け、学生からの信頼を得られた一因は、2人の密なコミュニケーションにある。

 和恵「2人とも価値観が似ていると思います。細かいところまで互いの指導論をぶつけ合える。私は熱血漢で感情移入してしまうところもあるけど、主人は冷静でクールな人。部員に関するアドバイスを求めたり、家でも2人でずっと柔道の話をしていますよ。私たちにとって柔道は酒のつまみであり、おかずなんです。好きなことを仕事にさせてもらっているのは本当に幸せ」

 50代を迎え、指導者としても集大成の時期が近づいている。今後の夢は。

 充寿「彼女のサポートをやりきりたい。柔道を通じて社会に役立つ人材を出したいですね」

 和恵「一番の夢はオリンピック選手を出すことです。過去には世界選手権銀メダリストを輩出したので。学生大会では団体日本一を目指したいですね。個人での日本一はあるのですが、団体はベスト8で悔しい思いをしていますからね」

 充寿「もう私は生まれ育った愛媛よりも、競技を続けた筑波よりも、仙台での暮らしが一番長くなりました」

 和恵「私も京都で生まれ育ったけど、もう東北の人間という感覚なんです。東北を熱くできるようなことがしたいですね」

 2人を慕って、かつて指導した世界レベルの選手が仙台大を訪れることもあるという。貴重な経験が部員の励みになり、強化につながっている。

 ◆南條 充寿(なんじょう・みつとし)1972年4月30日、愛媛・松山市生まれ。50歳。4歳から柔道を始め、94年に講道館杯65キロ級優勝。97年ドイツ国際優勝。2000年に引退し同年から現職。13年から日本女子代表監督を兼務し、16年リオ五輪では金1、銅4個のメダル獲得に貢献した。

 ◆南條 和恵(なんじょう・かずえ)1972年5月19日、京都・宇治市生まれ。50歳。旧姓・永井。5歳から柔道を始め96、97年の福岡国際52キロ級優勝。97年東アジア大会優勝、パリ世界選手権日本代表、98年アジア大会3位。2001年に引退し02年から現職。

女子部員と並んでポーズを決める仙台大柔道部の南條充寿監督と和恵監督
部員に技術指導する充寿監督(左)
ジョークもまじえて選手と対話する和恵監督(右端)
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