日本大学駅伝前監督・小川聡さんを悼む 入院先から練習指導、最後までエネルギッシュだった

スポーツ報知
亡くなった小川聡さん

 7月末まで日大駅伝チームの監督を務めていた小川聡さんが24日午後6時、肝硬変のため、神奈川・藤沢市内の自宅で亡くなった。65歳だった。通夜は29日、告別式は30日、いずれも箱根駅伝コースから近い藤沢市の斎場で営まれる。

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 約30年前、低迷期にあった東洋大の駅伝チームに所属していた私にとって日大の小川聡さんは圧倒的な存在感があった。在学中の東洋大の箱根駅伝成績は14位、13位、15位、予選会敗退…。一方の日大5位、2位、4位、2位。当時の30代前半だった小川さんはエネルギーにあふれていた。

 私が記者となり、接した小川さんは最後までエネルギッシュだった。7月6日に東京・稲城市のグラウンドで取材すると、「入院先から通っていますよ。主治医には止められているけど」とニヤリと笑っていた。

 携帯電話を確認すると、9月21日に通話履歴があった。「大事な夏合宿を前にチームに迷惑をかけたくないから7月末で辞表を出しました」と丁寧に現状を説明してくれた後、「もう少しで死ぬと思う」と話した。コワモテのまま冗談を言う人だったので、その時もブラックジョークだと思ったが…。命ぎりぎりまで日大再建に尽くした小川さん。ご冥福をお祈りします。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)

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