箱根駅伝55年ぶり復帰の立大 上野裕一郎監督を先頭に61年ぶりシードに向けて走り始めた

スポーツ報知
平成国際大長距離競技会1万メートルで先頭を走る立大・上野裕一郎監督(1番)。恩師の東海大・両角速監督(左端)の前で健在ぶりを見せた

 第99回箱根駅伝予選会(10月15日、東京・立川市)で6位通過し、大会史上最長となる55年ぶりの“返り咲き”で28回目の本戦(来年1月2、3日)出場を決めた立大は22日、予選会に出場しなかった選手を中心に埼玉・鴻巣市立陸上競技場で開催の平成国際大長距離競技会に参加した。

 中大、エスビー食品などで活躍し、現在もトップレベルの走力を誇る上野裕一郎監督はペースメーカーを兼ねて3レースに出場。午前中に行われた1万メートルには予選会(ハーフマラソン)に選手登録されたが、出番がなかった金城快(4年)、相沢拓摩(1年)とともに出走した。安定したペースで先頭を走り、8000メートルを23分44秒で引っ張った時点でレースを終え、その後、トラック脇で金城、相沢に指示を飛ばした。

 相沢は30分17秒95で自己ベストを約25秒更新。金城は30分47秒38で自己ベストに約10秒及ばなかった。「2人とも先週の予選会に向けてピークを持っていって、その日に強めの練習をしているので疲労が残っていました。でも、その中で29分台では走ってほしかった。練習では十分にその力を示しているので」と上野監督は期待しているからこそ、あえて厳しく評価した。

 4年生で唯一、予選会の登録メンバーに入った金城は本戦では5区候補として期待されている。「上りはむちゃくちゃ強い」と上野監督は高く評価する。各校の5区候補が集結する「激坂最速王決定戦2022@ターンパイク箱根」(11月19日)に出場予定。「まずは疲労を抜いて激坂をしっかり走りたいです」と金城は表情を引き締めて話した。

 立大は歴史的快挙を成し遂げた予選会当日の夜、ミーティングを行い、本戦の目標をシード権(10位以内)獲得に定めた。立大がシード権を獲得すれば6位になった1962年以来、61年ぶり。2009年に43年ぶりにシードを獲得した明大を抜き「シード返り咲き」も大会史上最長記録になる。

 次なる野望の達成のための、上野監督は率先して走り続けている。この日、最後の5000メートルは14分10秒前後で走る予定という。長野・佐久長聖高時代に上野監督を指導し、現在は東海大を率いる両角速監督は、相変わらず腰高でキレのいい走りを見せる教え子に「20年前と変わっていない」と感嘆した様子で話した。

 ◆立大陸上競技部 箱根駅伝が始まった1920年に創部。箱根駅伝には1934年に初出場。最高成績は3位(1957年)。1934~37年に4年連続で出場し、1937年に10区区間賞に輝いた青地球磨男は1936年ベルリン五輪800メートル出場(予選敗退)。岡田久美子は2016年リオ五輪女子20キロ競歩16位。昨年の東京五輪でも同種目15位。タスキの色は江戸紫。長距離部員は選手47人、学生スタッフ16人。練習拠点は埼玉・新座市。

 ◆上野 裕一郎(うえの・ゆういちろう)1985年7月29日、長野・佐久市生まれ。37歳。佐久長聖高入学と同時に本格的に陸上を始め、その年の12月、全国高校駅伝2区(3キロ)で8分16秒の好記録で区間賞を獲得。3年時には1万メートル28分27秒39の日本高校記録(当時)をマーク。2004年、中大に入学。箱根駅伝は1年1区19位、2年3区3位、3年3区1位、4年3区2位。08年に卒業し、エスビー食品に入社。09年ベルリン世界陸上5000メートルに出場(予選敗退)。13年、エスビー食品の廃部に伴いDeNAに移籍。18年12月に立大監督に就任。現在も選手と一緒に練習することも多く、学生トップクラスの走力を保持。「日本一速い監督」の異名を持つ。181センチ、61キロ。

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