仲本工事さん81歳死去 交通事故翌日…急性硬膜下血腫で、容体は回復せず天国へ

スポーツ報知
今月7日に舞台「日本昔ばなし 貧乏神と福の神~つるの恩返し~」の製作発表に出席した仲本工事さん

 国民的グループ「ザ・ドリフターズ」のメンバー・仲本工事(なかもと・こうじ、本名・仲本興喜=なかもと・こうき)さんが19日午後10時22分、急性硬膜下血腫のため横浜市内の病院で死去した。81歳だった。仲本さんは18日、横浜市の市道交差点を歩行中、乗用車にはねられ、頭を強く打ち救急搬送された。すぐに頭部の手術を受け、懸命の治療を施したが、力尽きた。葬儀などは親族、関係者と協議し、後日発表される。

 突然の事故の報が日本中を驚かせたその翌日、仲本さんが天国に旅立った。所属事務所「イザワオフィス」は19日午後11時過ぎ、公式サイトで仲本さんの死去を発表した。事故後は事務所関係者や家族が付きっきりで仲本さんの生還を祈っていたが、容体は回復することなく息を引き取った。サイトでは「葬儀等の対応については、ご親族を含めた関係各所と協議した上で後日ご報告をいたします」としている。ドリフターズの残るメンバーのショックは大きいといい、現在は取材にも対応できない状態。後日改めてコメントを出す予定という。

 仲本さんは18日午前9時10分ごろ、横浜市西区浅間町5丁目の交差点をひとりで歩いて横断していたところ、73歳のパート男性が運転する福祉車両のワゴン車と衝突。救急搬送後、神奈川県内の病院で頭部の緊急手術を受けていた。仲本さんの自宅は東京・目黒区にあるが、事故現場からわずか約80メートルの場所に妻で歌手の純歌(54)が経営するカレー店があった。

 東京都出身。中・高は体操部のエースとして活躍したが、学習院大在学中に訪れたジャズ喫茶でバンドステージに飛び入り出演で歌唱したところ才能を見込まれ音楽の道へ。ジェリー藤尾さんのバンドを経て、高木ブーの誘いで1965年にドリフターズに加入した。

 69年10月、TBS系バラエティー番組「8時だョ!全員集合」がスタートし、ドリフは国民的人気を獲得した。仲本さんは「体操コーナー」でマット運動やトランポリンなどを披露し、失敗しても「ハイポーズ」で一世を風靡(ふうび)した。やさしい笑顔にメガネがトレードマーク。フジ系「ドリフ大爆笑」では高木との「雷様」、いかりやさんとの「バカ兄弟」などのコントで人気を博した。

 俳優としても活躍し、97年のフジテレビ系「総理と呼ばないで」、20年のTBS日曜劇場「テセウスの船」などで存在感のある演技を見せた。今月7日には舞台「日本昔ばなし 貧乏神と福の神~つるの恩返し~」(11月17~27日、東京芸術劇場シアターウエスト)の会見で、演じる予定だった貧乏神役について「ドリフ(のメンバー)がみんなだんだんいなくなって、仕事もなくなって、(経営する)お店もうまくいかなくなって、だんだん貧乏になっています。だから素のままで演じたい」とジョークで笑いを誘っていた。

 私生活では76年に元歌手の女性と結婚するも82年に死別。91年に25歳年下の女性と再婚し、1男2女をもうけるも2004年に離婚した。12年には27歳年下の純歌と3度目の結婚。15年からは東京・目黒区の自宅兼店舗で夫婦で居酒屋、スナックを営んでいたが、近年はコロナ禍の影響もあり休業していた。

 ◆仲本 工事(なかもと・こうじ)本名・仲本興喜(こうき)。1941年7月5日、東京都生まれ。65年に「ザ・ドリフターズ」にギタリストとして加入。高校時代に体操部だった経験を生かし、69~85年に放送されたTBS系「8時だョ!全員集合」ではマット運動、トランポリンを披露して人気に。フジ系「ドリフ大爆笑」では「バカ兄弟」「雷様」などのコントが好評を博した。99年に加藤茶、高木ブーとユニット「こぶ茶バンド」でCDデビュー。私生活では2度の離別を経て、演歌歌手の純歌と2012年に結婚。

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