◆明治安田生命J1リーグ ▽第32節 浦和2―1鳥栖(8日・埼玉)
その瞬間、浦和MF岩尾憲は前方を走るMF小泉佳穂の「背中」に見とれていた。1―0の後半5分、小泉が敵陣で猛烈なプレスからボールを奪い、そのままドリブルから左足シュートで突き刺し、追加点を挙げた。数十メートル後方を走っていた岩尾は「ちっちゃいんだか、大きいんだか分からない背中を見ました。頼もしいですね」。8歳年下の背番号8のゴールと存在感に脱帽した。
チームは窮地に追い込まれていた。先月25日のルヴァン杯準決勝・C大阪戦、1日の広島戦と2試合連続の4失点で大敗。チームの真骨頂である最終ラインからのビルドアップのミスから失点を重ねた。「非常にダメージがあった」(岩尾)、「しんどい1週間だった」(小泉)。4日の公開練習でも、危機的状況を打開してやろうという強いメンタルや覇気をチームから感じとることは難しかった。
今季の国内主要タイトルの無冠が決まり、リーグ終盤戦の目標が定めるのが難しい状況もある。“ピッチ上の監督”とも称される攻守のかじ取り役の岩尾は前節、自身のミスから失点。「もう一回、自分が立ち上がれるか、チームを勝たせるプレーができるか。今一度、問われたタイミングだった」と自問自答した。
鳥栖戦の3日前。2人で会話した小泉から言われた言葉がある。
「僕の背中を見てください」
チームの中心として背負い、強く感じていた重圧や責任が少し和らいだ。「あんなにちっちゃい体で大きいこと言ってきた。そういうチームメートがいて幸せ。歳は僕が上だけど、僕も1人じゃ何もできない。そういう力を借りながら、1つ勝てたのは意味をなすかな」。リバウンドメンタリティーを燃やす一つのキッカケをくれた。
公式戦5戦勝ちなしで迎えた鳥栖戦。前線3人と両ウィングバックを加えた5人で激しくハイプレスをかける相手に対し、FWユンカー、リンセンの2トップを中心に相手DFの背後へ走り、シンプルなロングパスを多用した。「広島戦の失敗も含めて、前でプレーしようと意思統一できた」(岩尾)。普段はGKから細かくパスをつなぐことが多いが、この日のゴールキック8本は全てロングボール。前半40分のユンカーの先制点も、岩尾のロングパスを敵陣右で受けたMF大久保智明のドリブル突破から生まれた。
浦和対策を強める相手にハイプレスを浴びてビルドアップが封じられた失敗を教訓に、ロングボールを多く使った戦術にシフト。戦い方の引き出しが増え、逆に相手がロングボールを嫌がって守備ラインを下がれば、低い位置からボールを動かす従来の戦術も生きてくる。ポゼッションという1パターンの戦術では継続的に勝つのは難しい中、「こういう勝ち方もできるのは重要なオプションになった」と岩尾は強調した。
失敗から学び、チームの理想とは異なる戦い方で公式戦6試合ぶりの勝利をつかんだ。岩尾は「完璧な人間も組織もない。完璧に向かうための苦い薬をもらった。その苦みに耐えられる、苦みを何とも思わないようなサッカーができることが重要。未来につながる試合になった」。苦い薬を大きな糧にして、チームを成熟させていく。(浦和担当・星野 浩司)