【オリックス】福良淳一GMが語る常勝軍団「いい環境を…」新人起用&支配下登録…勝利と育成の両立実現

スポーツ報知
試合後、宮内オーナー、中嶋監督らとの記念撮影に入った福良GM(中列右から2人目)(カメラ・頓所美代子)

 「選手が育っていくチーム、いい環境をつくっていきたい」。19年6月。新設されたポストに就任した福良GMは、理想に掲げた勝利と育成の両立を実現させ、チームを強化した。

 昨年のドラフトで獲得した7人のうち、6人が今季1軍を経験した。先発、リリーフともに可能な椋木は昨夏の時点で1位指名を決定。水面下で調査を進め、単独指名につなげた。2位・野口、4位・渡部はそれぞれ遊撃、中堅が本職。レギュラーの紅林と福田に刺激を入れる狙いもあった。

 新型コロナ感染で吉田正ら主力の離脱が相次ぎ、決断を下した。期限ぎりぎりの7月末、育成の東、宇田川両投手を支配下登録。70人枠を使い切った。東は8月にプロ2度目の先発で初勝利。宇田川も大化けした。150キロ後半に迫る直球を持っていたが、課題は制球面。ファームで改善に努めた結果、「ストライクゾーンに収まれば、なかなか打てない」と評価を上げた。7月31日に1軍昇格すると、徐々に大事な場面を任されるようになり、19試合22回1/3で32奪三振、防御率0・81をマーク。山崎颯とともに来季のストッパー候補に挙がるまでに急成長した。

 福良GMの監督時代の背番号78は中嶋監督へ渡った。現役時代は自宅が近く、兄弟のような関係。試合後はしばしば、打撃練習の投手役も務めていた。中嶋監督が米大リーグ移籍を目指したのが97年オフ。注目を集め、“隠れ家”としていたのが福良邸だった。20年オフ、中嶋監督代行に監督就任要請したのは都内の焼き鳥屋。その期待に応え、“教え子”は就任から2年連続でリーグ制覇。強い絆で結ばれているGMと監督の率いるオリックスは、まだまだ強くなる。(長田 亨)

 ◆福良 淳一(ふくら・じゅんいち)1960年6月28日、宮崎県生まれ。62歳。延岡工高から大分鉄道管理局を経て84年ドラフト6位で阪急入団。97年引退。98年から2000年までオリックスでコーチなどを務め、05~12年まで日本ハムで2軍監督、ヘッドコーチなどを歴任。13年にヘッドコーチでオリックス復帰。16年から1軍監督を務め、19年6月にGM就任。

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