創刊150周年を迎えた報知新聞の特別企画「スポーツ報知150周年 瞬間の記憶」。今回は巨人V9の軌跡を川上哲治監督の胴上げ写真で回顧。当時のカメラマンが撮影秘話を明かします。
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巨人V9時代の胴上げ写真に、川上哲治監督を魚眼レンズで真上から撮影したものがある。今では見られない、歓喜に沸く瞬間をとらえた迫力あるシーンはどうやって撮られたのか、当時を知る本紙写真部OBの中山広亮氏(81)が振り返った。
V9の1年目となる1965年、他社がさおの先につけたカメラで胴上げ写真を撮影した。「これはやられたって思った。悔しくてね」。中山氏は当時、大阪本社に勤務していたため優勝の瞬間に関われなかったが、それから気になっていた写真だという。
ヒントは前年の64年、東京五輪の開会式にあった。最終聖火ランナーの坂井義則さんが、トーチを手に国立競技場の階段を上っていったときのことだ。「聖火台の後ろからカメラをつけたさおが3本伸びてきたんだよ。高所から聖火をからめて、競技場の全景を撮っていた」。米メディアのAP、UPIの通信社と(LIFE誌の)TIME社だった。
今では考えられないが、優勝の瞬間を望遠レンズで撮ったカメラマンは、続けて広角レンズをつけたカメラを手にカメラマン席を飛び出して胴上げを撮影していた時代。さおを使って魚眼レンズで撮るカメラマンは胴上げだけを狙って、いち早くグラウンドへ飛び出した。「いかに早く監督の足もとへ行くか。この位置取りが一番大切だった」
胴上げ写真は監督の顔が正面に見える足側からの撮影が定石だが、魚眼レンズは180度写り込むため撮り方が違い、可能な限り被写体に近寄らなければ小さくなってしまう。こうして撮られた川上監督の胴上げは、ナインや報道陣まで写り込んだ、迫力ある1枚となった。
接近戦は年ごとにエスカレートし、V5のときには各社のさおが乱立する状態に。「さすがに危なかった。監督にぶつかりそうだったからね。球団からもうやめてほしいと言われたよ」。ついに禁止となった。
V9のうち5度が阪急相手だったが、思い出すシーンがある。巨人の非公開練習を後楽園球場を望めるビルの屋上からのぞいて驚いた。一塁けん制で、内野フェンスにぶつかるほどの悪送球を、カバーに入った二塁手がすぐに拾って送球する。「福本対策だったね。塁に出た彼をいかに刺すか。そこまで彼の足を警戒していた。試合では(この練習の成果は)一度も見なかったけどね」
奇想天外な作戦まで準備し、周到な対策を重ねたからできた9連覇。「圧倒的な存在感だったONをうまく使った川上監督の手腕こそ、大記録達成の大きな要因だったと思うよ」。胴上げされる川上監督の写真を見つめながら、懐かしんだ。
◆中山 広亮(なかやま・ひろすけ)1940年、東京都生まれ。61年、報知新聞社入社。編集局写真部に所属し、V9時代をはじめ巨人取材に数多く携わる。93年から退職まで月刊ジャイアンツを担当。
◆魚眼レンズ 180度前後の視野で被写体を円周で写し込むことができるレンズ。水面下にいる魚の視点が名前の由来で、フィッシュアイレンズともいう。画面中央から周囲に向かってゆがみながらも広い範囲が撮れる。