【中日】福留孝介、涙で24年間のプロ生活に別れ「僕は本当に幸せ者」9回右翼守備から登場 最終打席は二飛

試合終了後、原辰徳監督(右)から花束を受け取った福留孝介(カメラ・相川 和寛)
試合終了後、原辰徳監督(右)から花束を受け取った福留孝介(カメラ・相川 和寛)
引退セレモニーでナインの手で9度胴上げされる福留孝介(カメラ・豊田 秀一)
引退セレモニーでナインの手で9度胴上げされる福留孝介(カメラ・豊田 秀一)
引退セレモニーで場内を一周する福留孝介(カメラ・中島 傑)
引退セレモニーで場内を一周する福留孝介(カメラ・中島 傑)

◆JERAセ・リーグ 中日3―9巨人(23日・バンテリンドーム)

 今季限りで現役を退く中日・福留孝介外野手(45)が23日、引退試合の巨人戦(バンテリンD)に臨んだ。日米通算24年目、現役最年長の45歳は「9番・右翼」で9回の守備から出場し、その裏の1死無走者の打席では二飛。本拠地のファンに最後の雄姿を見せて、大きな拍手を浴びた。

 最後は涙をこらえきれなかった。9回の守備から出場し、6点ビハインドの9回1死で迎えた現役最終打席。「故障なくもっと元気だったら…、けがして全力で出来なかったこと。唯一24年間で後悔したことかな」。左ふくらはぎの肉離れの影響もあり、満身創痍(そうい)の中、1ボールから鍬原の直球に二飛。両軍ファンから大きな拍手が送られる中、悔しさをかみ締めベンチ前へ戻ると、立浪監督の熱い抱擁が待っていた。指揮官からの「お疲れさま」に破顔し、自然と涙があふれ、プロ24年間の現役生活に終止符を打った。

 試合後の引退セレモニーでは、涙をこらえながら7分間、ファンに熱く語りかけた。

 「2年前、このドラゴンズに帰ってきて、もう一度このユニホームを着てプレーできたこと、そして野球人生がスタートしたこの場所で、ファンの皆様の声援に包まれて、ユニホームを脱げる。僕は本当に幸せものです」

 仲間からは、背番号9にちなみ9度の胴上げ。慣れ親しんだグラウンドを手を振りながら一周すると、球場のファンから「孝介コール」が起きた。試合前には家族とセレモニアルピッチも行い「孝介パパ」の一面ものぞかせた。各方面から贈られた花束は球場内に収まりきらず、隣接する駐車場まであふれるほど。その人望の厚さを象徴している。

 PL学園高(大阪)の後輩の引退に、立浪監督も「新人の頃から一緒にやっているし、もっとさかのぼれば子どもの頃に出会っている縁もある。(最後は)打ってほしかったですけどね。本当に45歳まで頑張ってくれた」と送り出した。

 3度のリーグVに貢献し、国際大会でも活躍。首位打者2度、ベストナイン4度、ゴールデン・グラブ賞5度とタイトルにも輝いた。日米で積み重ねた安打は2450。記録にも記憶にも残る功績を収め、惜しまれながら選手生活に別れを告げた。(長尾 隆広)

 ◆95年ドラフト会議 福留孝介(PL学園)に対し、中日、巨人、ヤクルト、近鉄、日本ハム、ロッテ、オリックスの7球団が競合。抽選の結果、佐々木恭介監督が当たりクジを引き当て、近鉄が交渉権を獲得した。だが、福留は入団を拒否し、日本生命に進んだ。福留の意中球団だった巨人と中日は外れ1位の原俊介(東海大相模)でも競合し、巨人が交渉権を獲得。中日は外れ外れ1位で荒木雅博(熊本工)を指名した。

 ◆福留 孝介(ふくどめ・こうすけ)1977年4月26日、鹿児島県生まれ。45歳。PL学園高から日本生命を経て、98年ドラフト1位で中日入団。2006、09年WBCで世界一。07年オフにFAで米大リーグ・カブス入り。Wソックスなどを経て13年に阪神入団。21年に再び中日入団。06年にMVP、首位打者2度、ベストナイン4度、ゴールデン・グラブ賞5度。今季年俸3300万円。182センチ、90キロ。右投左打。

試合詳細
試合終了後、原辰徳監督(右)から花束を受け取った福留孝介(カメラ・相川 和寛)
引退セレモニーでナインの手で9度胴上げされる福留孝介(カメラ・豊田 秀一)
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