【中日】福留孝介、涙の引退スピーチ全文「松井秀喜さんに勝って首位打者を獲得した時…やっていける自信を持てた」

スポーツ報知
引退セレモニーで立浪和義監督から花束を受け取り感無量の表情を見せる福留孝介(カメラ・豊田 秀一)

◆JERAセ・リーグ 中日3―9巨人(23日・バンテリンドーム)

 中日・福留孝介外野手が引退セレモニーに臨み、恩人、元チームメートらからのビデオメッセージ、花束贈呈された後、最後のスピーチを行った。2002年に初の首位打者を獲得した時に得た自信を振り返ると共に、日本一がプレーする原動力だったことを明かした。以下はスピーチ全部。

 まず始めにこのような引退セレモニーを開いて下さいましたドラゴンズ球団、立浪監督を始め、コーチ、選手の裏方の皆さん。そして最後まで球場に残って下さったファンの皆さま、本当にありがとうございます。

 小学生の時に串間キャンプで中日ドラゴンズを見て、中日ドラゴンズのチームにひかれ、その中にいた立浪監督に憧れ、プロ野球選手を目指してきました。

 1998年、星野監督の計らいでファン感謝デーに呼んで頂き、バックスクリーンの扉のところから1人で出てきた時、その恥ずかしさ今でも鮮明に覚えています。その日から僕のプロ野球人生がスタートしました。

 24年間、素晴らしいチームメート、素晴らしい指導者の下、プレーさせて頂き、その中に佐々木恭介コーチと出会い、打撃をイチから作り直そう、そう言って毎日、バットを振り続け、朝起きる時には自分の手がバットの形をして固まったまま、そんな日々を繰り返しながら、松井秀喜さんに勝って、初めて首位打者を獲得した時、この世界でやっていける自信を持てたのを思い出します。

 その後、リーグ優勝、日本一、本当にたくさん楽しい思い出を作らせて頂きました。しかし、日本一になった時に自分自身、故障でその場所にいれなかった、その悔しさ、気持ちもここまでプレーを続けてきた原動力だったと思います。

 その後、海外、阪神タイガースでプレーをさせて頂きました。阪神タイガースでは8年間、日本一のグラウンドで熱狂的なファンの皆さんの声援の中でプレーさせて頂き、そして最後の甲子園球場の時にはライトスタンドから大きな福留コールを頂き、僕の一生の宝物です。本当にありがとうございました。

 2年前、このドラゴンズに帰ってきて、もう一度このユニホームを着てプレーできたこと、そして自分の野球人生がスタートしたこの場所で、ファンの皆様の声援に包まれて、ユニホームを脱げる。僕は本当に幸せものです。

 最後に24年間、戦い続けることのできるこの体を生んで、育ててくれた両親、本当にありがとう。そして、一番近くで応援し、支えてくれた和枝、颯一(はやと)、桜颯(はるか)、本当にありがとう。

 僕は今日でユニホームを脱ぎますが、ドラゴンズにはまだまだ期待の選手がたくさんいます。

ドラゴンズファンの皆さん、これからもドラゴンズのご声援、よろしくお願いします。

 24年間、温かいご声援、本当に、本当にありがとうございました。

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