植竹希望が語った 涙の初優勝、ルーキー躍進ゴルフ界への思い…インタビュー

スポーツ報知
Abe BMWとスポンサー契約を締結した植竹希望(右)

 女子ゴルフでツアー1勝の植竹希望(サーフビバレッジ)がBMWの正規ディーラー「Abe BMW」とスポンサー契約を締結したことが21日、発表された。都内で会見を行い、インタビューに応じた。

 ―4月のKKT杯バンテリンレディスではツアー最長、2時間にわたる6ホールのプレーオフを制し涙の初優勝を飾った。

 「昨年も優勝するチャンスを何度も逃していた。明治安田生命レディス(3月、2位)でも最終日に追い抜かれてしまい悔しい思いをした。調子が上向きになったバンテリンレディスで今週こそという思いで臨んだ。パー5での6ホールのプレーオフは、2オンからイーグルでかっこよく決めたかったけど、我慢して我慢して。相手も吉田(優利)選手だったので、バーディー取ってもチャラになってしまったり。とにかく粘るぞ、絶対勝つぞという気持ちで押し通せて、最後まで諦めなかったのが良かった」

 ―優勝を決めた最後のパットは?

 「覚えています。入れることしか頭になく、入った時は一気に緊張が解けて、気持ちが爆発するような感じでした。つけていたマスクも取ってガッツポーズして、本当にうれしかった」

 ―初優勝の後は、試していたこともある?

 「優勝した直後はアプローチイップスを直したかったので、ウェッジのシャフトをカーボンにしたり、重量を軽くしたり試していた。今は、ウェッジはスチールに戻している」

 ―7月下旬の大東建託・いい部屋ネットレディスで左手首痛で棄権。8月のNEC軽井沢72で復帰まで期間が空いた。

 「(手首は)軽い肉離れが起きていて、お休みしてくださいと。(軽井沢で2位、ニトリレディスでも2位に入り)休み明けの方が調子がいいなという印象があり、それまでは疲労がたまっていたのではと思う。軽井沢の週から一気にクラブのシャフトを軽いものにチェンジして、その成果が出ている」

 ―ピッチングウェッジから上の番手のシャフトの重量を減らし、カーボンシャフトに変更。けがの防止で体力持続の狙いがあるという。

 「(以前は)集中力が持続ぜず、最終日にオーバーパーを打つことも多かったが、最近それがなくなったのはいいこと。3日間とも伸ばさないと勝てないと思いますし、4日間競技は3日目、4日目、本当は5アンダーずつくらい出したいけど、まだそこまで調子が戻ってきている感じではない。この1週間で、(29日からの)女子オープンに向けて調整できたらいい」

 ―今夏の離脱期間中には海外メジャー、AIG全英女子オープンの出場資格も降りてきたが、けがで断念したそうだ。海外への思いについては。

 「実際に米ツアーに行った選手から話を聞くと、私はまだ出られるための準備ができていないと思う。来年は全米女子オープン、全英女子オープンのどっちも出たい。メジャー大会に行ってみて、自分がどう思うか。(仮に)どうしても米ツアーに1年間行って、戦いたいと心の底から思えたらチャレンジしようかと思っている。それには覚悟が必要だと思う。世界ランクも(目安の75位以内に)上げて、選択肢を作っておけるようにはしたい」

 ―国内女子ツアーは2週連続でルーキーが優勝するなど、若手の台頭が目覚ましい。

 「私はそのくらいの年(19、20歳頃)では結構しんどい時期でもあったけど、最初からビューンときて、勢いに乗っていく選手もたくさんいて、今後も出てくると思う。(優勝者の)川崎(春花)さん、尾関(彩美悠、あみゆ)さんも技術も精神面も強いからこそ勝っていて、能力の証しだと思う。他にも見ていて、この子うまいなと思う選手もたくさんいる。後輩に負けないようにしないといけないですけど、後輩という意識より、(プロとして)一人の対等な選手として見ないと、割り切れなくなる。みんな同等に見ていかないといけないと思う。年齢は関係ない。(ツアーに)上がってきたら一緒。悔しい気持ちが勝ちすぎると、私はそういう性格なので(うまくいかない)。そこは捨てて、自分自身頑張っていこうという感じですけど、刺激にはなります」

 ◆植竹 希望(うえたけ・のぞみ)1998年7月29日、東京・葛飾区生まれ。24歳。4歳からゴルフを始める。関東大会などで活躍し、中3時(14歳)の13年スタジオアリス女子オープンで最終日最終組でプレー。東京・日出高卒業後の17年プロテストに一発合格。20年下部ツアーで1勝。昨季は賞金ランク33位で初シード獲得。今季は4月にツアー初優勝を飾り、トップ10入りが6回でポイントランク14位につける。趣味は絵を描くこと。170センチ。

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