神戸の快足MF飯野七聖、「見返してやろう」J3からステップアップ…日本代表へ「次に目指す場所はそこなのか」

スポーツ報知
神戸・飯野七聖

 終盤戦を迎えたJ1リーグ。正念場を迎えている神戸の浮沈のカギを握るのは、6月に完全移籍で加入したMF飯野七聖(ななせい、25)だ。2019年に大卒から当時J3の群馬に入団すると、快足を武器にJ2昇格に貢献。翌年にはJ1鳥栖へ移籍した。下部カテゴリーから順調にステップアップしたサイドアタッカーがJ1残留への決意、次なる目標への思いを語った。(取材・構成=種村 亮)

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―加入から間もなく3か月。ここまでを振り返って。

「移籍当初はすべてのタイトルに可能性があったなかで、それが全部消えてしまった。心残りはありますけど、(移籍は)自分の決断なんで後悔はない。リーグが最優先なのは理解している。今は気持ちを切り替えて向かっています」

―自身にとって初出場となるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)では、決勝トーナメント1回戦・横浜M戦で移籍後初ゴールを決めるなど3得点すべてに絡んだ。

「移籍を決めた理由の一つに、これまで以上に見られ方、注目度が変わってくるなかで自分自身の評価も上げられるのではないか、という思いもあった。ACLで勝った時は、今まで感じたことのない取り上げ方をされましたね」

―神戸には代表経験も豊富なタレントが多い。その中でも同じサイドバックでもある元日本代表DF酒井高徳の存在は大きいか。

「日頃から色んなことを学べる環境はすごく魅力的だった。話を聞きながら見習うところ、盗むべきところはたくさんある。特に高徳くんがいることは今後の自分の成長に大きな意味を持つ。だからこそ、くっついて色々聞いてます。目標でもあるし、超えていかないといけない人」

―初取材では「並んだ状態のスタートならスピードでは誰にも負けない」と話していた。俊足は昔から?

「50メートル走のタイムはよく聞かれます(苦笑)。最後に測ったタイムは覚えてないけど、ギリ5秒台で走れるぐらいじゃないですかね。5秒台で走ると言われている選手とはたくさんマッチアップしてきたけど、走り負けた感覚はないです」

―新潟の下部組織時代はトップチームへの昇格はかなわなかった。

「悔しかったですけど、練習参加した時にプロの中に入ってやれたかと言えばそうではなかった。今ほど自信を持ってできなかった。大学の4年間で『プロでも通用する』と自信もついて、もう一度参加させてもらったけど、そこでも獲ってもらえなかったことは本当に悔しかった。その後は何チームか練習参加したけど決まらなくて、最後に参加した群馬に獲ってもらった。見返してやろうという思いでJ3からスタートしました」

―群馬ではJ2昇格に貢献。J1へのステップアップにもつながるなど、順当にキャリアを積んでいるように見える。

「2年目(20年)は1年間、出続けたわけではなく、悔しい思いをしたシーズンでした。これは僕の心構えというか大切にしていることなんですけど、練習を100%でできない選手が試合に出るべきではない。仲間も納得しないし、自分の言葉にも責任が伴わない。群馬でもそういう思いで取り組み続けて、ポジションを勝ち取れた。それが今の僕を作ってると思います」

―どんな将来像を思い描いている?

「いま以上に自分のプレースタイル、できることを神戸で証明して、日本代表に名前が挙がるような選手になる、という目標を持ってクラブに来た。自分は一歩ずつ階段を上ってきたので、次に目指すべき場所はそこなのかなと思ってます」

 ◆飯野 七聖(いいの・ななせい)1996年10月2日、新潟・上越市生まれ。25歳。上越FC、新潟ジュニアユース、新潟ユース、国士舘大を経て19年に群馬加入。同年のリーグ開幕戦で公式戦初出場。21年に鳥栖、今年6月に神戸に完全移籍。J1通算59試合1得点。173センチ、65キロ。利き足は右。

 ◆下部カテゴリーから日本代表にまで成り上がった主な選手

 ▼中村憲剛 中大卒業後の2003年、テスト生から当時J2の川崎に入団。05年にJ1昇格。06年に日本代表に初選出され、10年南アフリカW杯に出場。

 ▼古橋亨梧 中大から17年に当時J2の岐阜入団し、翌年神戸へ。19年にA代表に初招集された。21年にスコットランド1部セルティックに移籍。

 ▼小池龍太 JFAアカデミー福島から14年にJFL初参戦の山口に入団。J3参入、J2昇格を経て17年に当時J1の柏へ。19年にベルギー2部ロケレン、翌年横浜Mに移籍。7月の東アジアE―1選手権でA代表に初選出され、同アカデミー出身としても初めて。

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