長山洋子インタビュー・ロングバージョン<4>

スポーツ報知
インタビューに答える長山洋子(カメラ・小泉 洋樹)

 歌手の長山洋子(54)の新曲「今さらねぇ」が7日に発売された。前作に続く夫婦(めおと)演歌で「年を重ね、ほのぼのした楽曲も歌えるようになった」と笑みを浮かべた。1984年にアイドル歌手としてデビューし、93年に「蜩―ひぐらし―」で演歌に転向して今年で30年目。来年はデビュー40年目の節目の年になるが「一番苦しかったのは2年目で、あの時を乗り越えたから今がある」とも。MCを務めるテレビ東京系「洋子の演歌一直線」(日曜・前5時半)は1400回を超えるが「できる限り続けたい」と目を輝かせた。 (ペン・国分 敦)

 インタビュー<3>からのつづき

 93年発売の「蜩」はヒットして最高のスタートを切ると、翌年には「蒼月」、95年には「捨てられて」と立て続けにヒット。演歌歌手としての地位を築いたが、手応えを感じたのはデビューしてから数年後だったという。

 「『蒼月』は麻先生の作詞で、初めて日本作詞大賞をいただきましたが、余裕はなかったな~。このころはまだ余裕持って仕事はできませんでしたね。当時の演歌歌手の目標だったのが座長公演でした。私も同じ気持ちでやってて、29歳の時に新宿コマ劇場で特別公演をやらせてもらった時に『これで自分の一つの目標が達成できたなあ~』っていうのはありました。演歌の歌い手としてはまず『NHK紅白歌合戦』というのは別なところにあるんですよ。『蜩』の年に初出場させていただきましたが、それは皆さんのおかげで出させてもらったっていうのは重々分かっていましたから…。実際には座長公演の時ですね。やっと目標にたどり着いた気がしたのは」

 94年にスタートした「洋子の演歌一直線」は、放送1434回(11日現在)を数える。長寿の歌番組として根強いファンは多い。

 「やっぱり自分の名前が付いた冠番組はもう光栄ですが、こればかりはスタッフ全員に感謝です。みんな頑張ってくれてるから続けてこられたと思います。歌番組が少ない中で『地上波の演歌番組って洋子ちゃんのだけよね』ってみんなに言われるのがうれしいです。1500回と言わず、できるだけ続けていきたいです。でも、最初の頃は私、びびっちゃって全然トークにならなかったんですよ。来てくれるのは先輩ばっかりなので、私がイジられてる感じでしたね。でも回を重ねてくると、私の番組にわざわざ来てくれているから、ここでしか聞けない話を聞きたいと思うようになってきました」

 歌手によって話の引き出し方も違うそうだ。

 「五木さんって話に入り込むクセがあって、私たちが興味のない話をしている時は、わざとイジるんですよ。そうするとアレンジしてくれて、他で聞けない話をしてくれます。五木さんは自分がウケるようなことを引き出してもらうのが好きかな~。森さんは息子さんの話が大好きですね。『僕はちっちゃい頃は子どもと過ごす時間を大事にしてたから、洋子ちゃんもそうした方がいいよ。子供と一緒にいられるのは絶対今しかないからね』って言ってくるんです。意外でしょ。『僕は子どもたちをキャンプに連れて行ったからね』『えっ、ウソでしょ、森さん』って言ったら『本当だよ』って真顔で怒られました(笑い)」

 09年に米国人実業家のマーク・スミスさんと国際結婚。06年のテレビのお見合い企画がきっかけだったが、当時は「子供が欲しい」という感情が強かったという。

 「私、結婚相手は同業者は無理だし、もともと日本人じゃなくてもいいのはありました。正直、その頃は結婚より子供が欲しかったのが強かったかな~。自分の中で40歳過ぎてボチボチ(子供を)諦めなきゃなっていうのがあって、ギリギリラインと思っていた時に旦那さんと出会っちゃったからね~。これも人生ですね。結婚した翌年に長女が生まれた時には本当にうれしかったです。この夏休みに(夫の故郷)米フロリダに行ってきました。(コロナ禍で)3年ぶりに米国に行って『なんで私、東京に住んでいるんだろう』とか漠然と考えちゃって…。米国に移る気持ちはないんだけど、先の話をしたことがないから一度話してみます」

 素になれる瞬間は。

 「いつだろうな~。お酒はちょこちょこ飲んでます。次の日コンサートとか仕事がある前日は飲まないけど、昔は『好きなのはシャンパン』って即答してましたね。私、(郷)ひろみさんのように、24時間長山洋子でいられないからな~。だからちょこちょこ素だらけだと思うんですよね。近所に買い物行ったりとかする時も普通にジャージーとかで行けちゃう人だから、今はマスクしてるし、帽子かぶったらすっぴんでも分からないでしょ。根がね、そういうところが本当にダメダメで『もっと芸能人らしくしなさい』って言われるんですけどね」

 来年でデビュー40年目となるが、今までで一番つらかったのはデビュー2年目の時という。

 「先ほど話しましたが2年目の17歳の時、『よくあの大人たちの間で試練を乗り越えたな』っていうところはあります。振り返ると自分もまだ子供でしたが、親にも相談せずにけっこう、一人で判断していましたね。友達もみんな堀越高校だから、仲間でもあるしライバルでもあって、この人っていう相談する人がいなかったし、全部自分で決めてました。仕事がなくてつらい日々もありましたが、事務所から『クビだ』って言われるまでは、自分からは『もう辞めさせてください』とは口が裂けても絶対言わないっていうのだけは心に決めていました」

 酸いも甘いもかみ分けて、歌にも深みが出てきた。本当の“味”とすごみが出てくるこれからが楽しみだ。=終わり=

 ◆長山 洋子(ながやま・ようこ)1968年1月13日、東京都出身。54歳。84年に「春はSA・RA SA・RA」でデビュー。86年に日本語カバー曲「ヴィーナス」が大ヒット。88年に映画「恋子の毎日」に主演。93年に「蜩―ひぐらし―」で演歌歌手に転身。同年「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たし、通算14回出場。94年からテレビ東京系「洋子の演歌一直線」のMCを務めている。2009年に米国の実業家と結婚し、翌年に長女を出産。津軽三味線の澤田流の名取。身長156センチ、血液型AB。

芸能

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×