武藤敬司の引退で思う 貴重なトップレスラーの引退大会…叶わなかった力道山、馬場さん、三沢さん…来年2・21東京D

スポーツ報知
武藤敬司

 プロレスリング・ノアの武藤敬司(59)が来年2月21日、東京ドームで引退試合を開催することが決定した。

 武藤は今月7日に東京ドームホテルでの記者会見で「今できるすべてを出し切った試合。昔のように何でもできるわけではないけど…今できるすべてを出し切った試合をしたいと思っております」と明かした。

 会見には同期入門で「闘魂三銃士」として一時代を築いた蝶野正洋が登壇。2人が並ぶ姿を見た私は、2005年7月11日に脳幹出血のため40歳の若さで亡くなったもう1人の「三銃士」である橋本真也さんへの思いを聞いた。

 そして武藤はこう答えた。

 「実は、本当に今回の東京ドームなんてスケールのデカイ引退試合って場を設けてもらえるんだけど、蝶野だってまだ引退していない。橋本も実は引退試合をしてない。ノアの創業者である三沢(光晴)社長の引退試合もしてない。何か、もしかしたらその人たちの分もある意味背負って、できたらなと思います」

 この言葉を聞いた時、私はプロレス界でトップレスラーが無事に引退試合を迎えることができる貴重な現実を改めて思い知らされた。

 力道山が1954年2月19日に蔵前国技館で木村政彦とのタッグでシャープ兄弟と対戦した一戦を現在につながる日本におけるプロレスのスタートと位置づけると以来、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田、藤波辰爾、天龍源一郎、長州力ら多くのレスラーが時代を築いてきた。しかし、引退興行になるとまず、プロレス界の父と呼ばれる力道山自身は、1963年12月15日に39歳の若さで急逝し引退試合を行っていない。

 さらに力道山亡き後、日本プロレスのエースに君臨し1972年に全日本プロレスを創設したジャイアント馬場さんも1999年1月31日に肝不全のため61歳で亡くなり、生前に引退試合を行うことなくこの世を去った。また、昭和から平成にかけて数々の名勝負を刻んだ全日本のエースのジャンボ鶴田さんは、1999年3月6日に日本武道館で引退試合を行わず引退セレモニーを開催しリングを去った。

 そして、武藤が明かした橋本真也さん、三沢光晴さんは2009年6月13日に試合中の事故により46歳の若さで急逝し、リング上で10カウントを聞くことはかなわなかった。

 一方で引退試合を「引退興行」と銘打ち、大会場で開催してリングを去ったトップレスラー(複数回開催の選手は除く)の筆頭は、1998年4月4日、東京ドームで7万人の記録的大観衆を集めて引退したアントニオ猪木氏だろう。さらには99年2月21日、横浜アリーナでアレクサンダー・カレリンと引退試合を行った前田日明。2013年5月11日に日本武道館で引退試合を行った小橋建太、2015年11月15日に両国国技館でオカダ・カズチカとの一戦で引退した天龍源一郎が挙げられる。

 東京ドームで「引退試合」を行ったレスラーはいるが、「引退興行」を看板にリングを去る選手は、猪木氏以来となる武藤の2・21。力道山、馬場さん、鶴田さん、橋本さん、三沢さんがかなわなかったラストマッチ。東京ドームでの「引退興行」は、およそ70年に及ぶプロレス史上で希少価値のメモリアルイベントなのだ。(福留 崇広)

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