東洋大・高橋昭雄元監督死去 もう一度「チーフ」と呼ばれたかった…元アマ野球担当記者が悼む

スポーツ報知
高橋昭雄氏

 東都大学野球リーグで前人未踏の542勝を挙げた名伯楽、元東洋大監督の高橋昭雄さんが逝った。74歳は早過ぎる。残念でならない。

 高橋さんとは、アマ野球担当時代の99~02年にお世話になった。

 当時、私の肩書きは「アマ野球担当キャップ」だったが、高橋さんはいつも「チーフ」と呼び間違えていた。

 「監督、チーフじゃなくて『キャップ』ですよ」やんわりと否定すると、「そうか、チーフじゃなくてキャップだったか!」と笑い飛ばし、翌日、また「ねえ、チーフ」と話しかけられるという…そんな思い出がある。私が担当を離れた後も、後任に「チーフは元気にしているの?」と聞いていたそうで、高橋さんに気にかけてもらえていたことがうれしかった。

 2002年夏、イタリアで開催された「第1回世界大学野球選手権」に、高橋さんは日本代表のコーチとして帯同した。この取材に日本から赴いた記者は私を含めて二人だけだったが、ナイターでの試合前、同じくコーチだった国際武道大・岩井美樹監督の部屋に入れてもらい、4人で野球談義に花を咲かせたことも、今では良き思い出だ。

 20代前半で“戦国”と称される厳しい東都リーグに飛び込み、中大・宮井勝成、駒大・太田誠、専大・望月教治、亜大・内田俊雄、日大・鈴木博識、青学大・河原井正雄監督ら猛者と、それこそしのぎを削ってきた。一言で言うと、豪放磊落(らいらく)。それが、高橋さんに対する印象だった。

 2001年に東都リーグは70周年を迎えたが、記念誌発刊をお手伝いすることになり、現役監督に「私と東都」というテーマで話を聞いた。

 「2部落ちがある東都は厳しいよ。毎シーズン、勝ち点1では全然、安心できない。勝ち点2でようやく『これで今季は大丈夫』って、ホッとするという…監督のこんな気持ち、選手は分かっているのかなあ」

 半世紀近くも東洋大の指揮を執り、積み重ねた白星の裏には、その何倍もの苦しさがあったのだろう。絞り出すような、この高橋さんの言葉に、改めて東都リーグの厳しさを思い知った。

 最近はお会いする機会がなかったが、もう高橋さんから「やあ、チーフ!」と呼びかけられる事がないと思うと、さみしい。

 (名取 広紀)

野球

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