シーン、カーン、ウワーッ…カメラマンが音で確信した、王貞治さんの756号 ~瞬間の記憶~

スポーツ報知
77年9月3日、ヤクルト戦の3回1死、世界新記録となる通算756号本塁打を放った巨人・王貞治は両手を広げ喜んだ。次打者の張本勲は歓喜のジャンプ(捕手・八重樫=カメラ・落合 正)

◆巨人8―1 ヤクルト(1977年9月3日、後楽園)

 創刊150周年を迎えた報知新聞の特別企画「スポーツ報知150周年 瞬間の記憶」。今回は1977年9月3日のヤクルト戦(後楽園)で、巨人・王貞治(当時37)が放った通算756号です。ハンク・アーロンが持っていたメジャー通算最多本塁打を抜く、当時の世界記録樹立に日本中が熱狂。スポーツ報知OB・落合正カメラマン(74)が撮影した写真を手に、世界の王が歴史的な瞬間を振り返りました。(取材・構成 島尾 浩一郎)

 1977年9月3日午後7時10分6秒―右翼スタンド最前列で600ミリレンズを付けたキヤノンF―1のファインダーに集中していた落合正は、記録達成の瞬間を音で確信した。

 「当時は構えた時に球場内がシーンとしてね。カーンと打ったと同時にウワーってなったから『あ、打ったんだ』という感じだよ。そうしたら王さんが手を広げてね」

 インパクトから連続で7~8コマ。興奮どころかピントを合わせるのに必死で、背後の張本には気づいていなかった。会社に帰るとプリントされて1面を飾った自分の写真があり、「『お前のか』って。誰かに頭ひっぱたかれたよ。手荒い祝福だよね」。入社6年目の金星だった。

 8月25日に広島で753本として帰京した王を、27日の神宮から毎試合、右翼席から狙った。一、三塁、センター、両翼に一、三塁ベンチ後方のスタンド上部。さらにスタンド雑感や月刊ジャイアンツのカメラマンも合わせると15人近かった。「ほかはベテランばかりで一番下っ端。ライトなんて『ハマればいい』くらいの、いわばどうでもいい場所」。31日の後楽園で755号が出た頃には世間の注目度が一気に上昇。昼前に東京・目黒の王の自宅前で、ファンにサインする姿を撮影してから、そのまま追いかけて球場入りするのが日課となっていた。

 右翼席では他社も並んで狙っていたが、落合の写真が一番はまっていた。後楽園の外野フェンスは途中から両翼ポールに向けて斜めに上がっていて、報知の指定席「B列444番」は一番センター寄りで高さが下だった。また、他社は800ミリレンズを使っていたが、600ミリより大きく写る代わりに後ろのボケが大きくなる。さらに、若干ピントが後ろで、それがより張本を目立たせた。「ちょっとピントが甘いのが不満」と言うが、この年の東京写真記者協会のスポーツ部門賞を受賞した。

 ◆落合 正(おちあい・ただし)1948年、東京生まれ。72年に報知新聞社入社、巨人をはじめ、ソウル五輪、長野五輪などを取材し、2008年に退職。現在は東京写真記者協会のスポーツ専門委員として、プロ野球取材の調整役を務める。

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