誰からも愛された悪役レスラー鶴見五郎さん…愛弟子・佐々木貴が明かす永遠の伝説…26日に73歳で死去

スポーツ報知
鶴見五郎さん(左)と佐々木貴(写真提供・佐々木貴)

 国際プロレス、全日本プロレスなどで活躍した元プロレスラーの鶴見五郎さん(本名・田中隆雄)が26日、神奈川県内の施設で低血圧、敗血症のため死去した。73歳だった。 

 鶴見さんは、1948年11月23日に横浜生まれ。東海大学理学部物理学科を卒業後、1971年に国際プロレスに入門。同年7月12日、札幌中島スポーツセンターでの大磯武戦でデビュー。81年8月に国際が崩壊した後は、全日本プロレスに参戦。身長181センチ、体重135キロの分厚い肉体を武器に悪役レスラーとして活躍した。90年にSWSへ移籍。92年5月の同団体解散後はNOWに参加するも同団体が崩壊後はFMW、PWCなどに参戦した。

 その後は、神奈川・茅ヶ崎でジム経営のかたわらリングに上がったが2013年8月22日に新宿FACEで引退試合を行った。

 鶴見さんの訃報は、親族が弟子でフリーダムズの佐々木貴を通し「長く患っていた下腿潰瘍、高血圧、糖尿病、心不全は服薬なく過ごしておりましたが、3日前からの低血圧、敗血症により本日午前7時11分に享年73歳にて永眠いたしました。本人の生前からの意向により、遺体を献体するため葬儀は執り行わないことといたします。生前はたくさんの応援いただきありがとうございました」と発表した。

 佐々木は、神奈川の文教大学2年が終わった時期に鶴見さんが茅ヶ崎市内で運営していた「鶴見五郎トレーニングジム」に入会。以後、レスラーになるための指導を受け1996年9月にデビューした。鶴見さんの弟子である佐々木は27日、スポーツ報知の取材に応じ、訃報を26日朝に鶴見さんの家族からLINEで連絡を受けた。すぐに鶴見さんの遺体と対面し「体重が130キロあった大きいころから知っていたのでやせちゃったなって思いましたが肌つやがよくて、それが一番の印象です」と振り返った。

 岩手県一関市出身の佐々木は、プロレスラーになりたくて上京。文教大学に入学し体を鍛えるため大学に近い鶴見さんのジムに入門した。当時は体重も60キロほどと小柄で「僕はサイズ的にも小さかったし実績があってプロレスの世界に入ったわけじゃありません。ですから、鶴見さんのところに入らなければレスラーになれなかったと思っています。鶴見さんは僕の人生を変えてくれた方です」と感謝の思いを明かした。

 鶴見さんから教えられたことを「プロレスラーとして求められる体のサイズ、力の強さ、技術です。ただ、ジムに入ったころの僕は、すべて欠けていたと思うんですけど、鶴見さんからは一度も『あきらめろ。無理だ』と言われることなく教えてくれました。それとあの当時のレスラーは鉄拳で指導する方も多かったと思いますが、鶴見さんには一度も殴られたことはありませんでした」と振り返った。

 指導の中でプロレスラーにとって最も大切なことを鶴見さんはこう説いたという。

 「プロレスはパブリック、エンターテイメント。人を楽しませなきゃダメなんだ。そのために大切なことは喜怒哀楽だ。勝ってうれしい。負けて悔しい。怒り、悲しみを表現するのがプロレスラーだ」

 今、佐々木は47歳となり「プロレスリング・フリーダムズ」を主宰している。「今の僕が当時の鶴見さんの年齢になっています。この鶴見さんから言われた教えを後輩のレスラーにそのまま伝えています」と明かした。

 両足の下腿潰瘍で鶴見さんは、2013年に引退した。佐々木は、ことあるごとに鶴見さんの自宅を訪れ、電話をかけ師匠を慕ってきた。ただ、ここ4、5年は入退院を繰り返し、歩くことも難しくなったという。「入院生活でも電話をいただいて、『あれが食べたい』とかおっしゃっていました」

 ただ、コロナ禍でお見舞いへ行くことが難しくなり最後に会ったのは1年前だった。最後に会話したのも同じ時期だったという。

 「鶴見さんから突然、僕の自宅へ電話がかかってきて『俺の充電器どこだ?』って聞かれたんです。それに僕が『わかんないです』とお伝えしたのが最後でした。鶴見さんは、入院中、携帯電話とテレビのリモコンが枕元にないと不安みたいでいつもお見舞いにいくと『携帯どこだ?充電器さしておいてくれ』とおっしゃっていたので、その時もそんな会話になりました」。

 佐々木は、師匠・鶴見五郎さんがプロレス界に残した功績をこう明かした。

 「僕だけでなく鶴見さんのおかげでレスラーになれたとか上がるリングがあったレスラーってすごいいっぱいいるんです。特にインディーで。リング上はヒールを貫かれましたけど、僕のような弟子、そうじゃないレスラーたちに慕われ愛された方でした」。

 そしてこう続けた。

 「僕たち弟子が例えば、飲み会なんかで集まると、鶴見さんと『昔こんなことあった』とか鶴見さんの伝説で盛り上がるんです。それは、悪口じゃなくて、みんな鶴見さんが大好きで爆笑しながら酒を飲むんです。これほど愛された方はいらっしゃいません」。

 鶴見さんのプロレスは、多くのレスラーが受け継ぎ、これからも生き続ける。
(福留 崇広)

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