駿河台大の今井隆生先生、中学校に帰る 次の世代へタスキをつなぐ

スポーツ報知
南高麗中で体育教師として熱い授業を行う今井隆生先生

 今年の第98回箱根駅伝で初出場し、19位となった駿河台大の4区を駆けた今井隆生さん(31)は2年間の「自己啓発等休業」を終え、教師として復帰した。生徒数34人の埼玉・飯能市立南高麗中学校で2年生の主任を務め、全校生徒に体育を教えている。近隣の南高麗小学校でも一部の授業を受け持つなど地域でも「名物先生」として存在感を発揮。また、埼玉県西部の陸上クラブでボランティアのランニングコーチとしても活動。充実の日々を過ごしている。(取材・構成=竹内 達朗、榎本 友一)

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 緑豊かな奥武蔵の南高麗中学校に快活なかけ声と歓声が響く。その中心には今井先生がいる。

 9月の体育祭に向けた授業の冒頭。「挑戦することを大事にして下さい。体育祭が終わった後、新しい自分に出会えたと思ったら、それは成功です」と熱く生徒に訴えた。

 2020年4月。当時29歳だった今井先生は「もっといい先生になりたい」という強い思いを持って「自己啓発等休業」を活用。駿河台大心理学部3年に編入学した。同時に東京・大泉高時代からの夢だった箱根駅伝出場を追いかけるために駅伝部に入部した。

 1年目は予選会で敗退したが、ラストチャンスの2年目に駿河台大の初出場に大きく貢献した。今年1月2日の本戦では4区に出陣。区間最下位に終わったが、徳本一善監督(43)が運営管理車から「2年間、ありがとう。謝ったらブッ飛ばすから」と独特の表現で今井先生に感謝を伝えたことは駅伝ファンを感動させた。また、埼玉・越生中教師時代の教え子の永井竜二(当時3年、現4年)と異例の「師弟タスキリレー」も大きな話題になった。

 2年間、充実した「自己啓発」を行った今井先生は今年の4月に南高麗中の体育教師として復職した。

 「やっぱり箱根駅伝を走らせていただいたことで何事にも頑張ろう、と思えました。何かにチャレンジすること。失敗してもチャレンジを繰り返すことが大事。私が学んだことを次の世代の生徒たちに伝えていきたい」と言葉に力を込めて話す。

 今井先生に対する期待や注目度は大きい。

 馬場治男校長(60)は「今井先生は勢いとエネルギーに満ちあふれています。生徒にとっても教職員にとってもとてもプラスになっています。教員はきりがない仕事。『こういうことをやりたいです』と積極的に言ってきてくれます。例えば、体育の授業のリレーでは「教員も含めて馬場治男杯』として開催したい』と提案しました。南高麗中は全校生徒34人しかいません。1~3年生が一緒に走りますが、競争相手が少ない。ただ走るだけでなく、生徒たちがやる気を持って走れるように盛り上げてくれています」と楽しそうに語る。

 南高麗中は各学年1クラス。今井先生は2年生の学年主任を務め、全クラスの体育を担当する。すでに“名物先生”となっている。3年の女子生徒は「箱根駅伝を走りたくて大学に入り直して、新しいチャレンジをされて、無事にゴールした姿をテレビで見ていて、泣きそうなくらい感動しました。テレビで見ていた人に授業を教えてもらえるのは不思議な感じです」とはにかみながら話した。

 学校の枠を越え、地域でも有名人だ。「実は兼務発令を受けていて、南高麗小学校でも体育を教えています」と馬場校長は明かす。トライアスロンのトップ選手だったこともあり、水泳の授業は特に好評という。

 9月には中学校と小学校と合同の体育祭が開催される。今年は初めて地域住民も参加予定だ。「地域の皆さんから『今井先生の走りを見たい』という声が多く上がっているので、1500メートル走を設けて出場してもらいますよ」と馬場校長は笑顔で話した。「私が走って喜んでもらえるならうれしいです」と今井先生もやる気満々だ。

 ただ、コロナ禍という状況はいまだに続いている。馬場校長は一転、表情を引き締めて語る。「今、学校行事を行う前提で進めていくのか、非常に悩ましい。そこで私はある日の朝礼で『ベクトルは前に向けよう』という話をしました。できる限りの準備をして、厳しい状況なら諦めるというスタンスです。今井先生はすぐに体育目標として『ベクトルを前へ』という貼り紙体育館に掲示し、生徒に発信しました。人の言葉を真剣に受け止めて、実践に移せる。生徒にとても良い影響を与えています」。南高麗の小中学校、地域の住民は無事に体育祭が開催されることを強く願っている。

 

南高麗中の部活動は陸上部とテニス部だけ。今井先生はもちろん陸上部の顧問を務めている。「生徒それぞれの競技レベルに応じて指導しています。みんな走ることを楽しんでいるから私も楽しいです」と今井先生は充実の表情を見せる。

 南高麗中の体育教師とは別に、休日のプライベートな時間を使い、もうひとつ熱心に取り組んでいる活動がある。埼玉県西部の陸上クラブ「SSAC」でボランティアのランニングコーチとして主に中学生を指導している。中学、高校で抜群の指導実績を持つ二反田真示さん(58)が代表を務めるSSACには中学校の部活動だけでは物足りず、より高い競技力を求める選手が所属。週に2回、練習会を行っている。ここでは今井コーチは選手のペースメーカーを務めながら、より競技性の高いアドバイスを送っている。

 狭山市立山王中の植原裕也君(2年)は「今年の箱根駅伝を走った選手にペースメーカーをしてもらえてすごくうれしいです」と目を輝かせて話す。南高麗中の陸上部では「今井先生」に、SSACでは「今井コーチ」に指導を受ける村木大輔君(3年)は「中学の部活で今井先生と一緒に走っていたら、タイムがすごく良くなったので、レベルの高いクラブチームの練習に参加してみたくなりました。きついけど、頑張りたい」と前向きだ。二反田さんは「中学生にとって『今井コーチくらいに速く走れるようになれば箱根駅伝に出られる』と、とても身近で分かりやすい目標になっていますね。みんなのやる気をより引き出してくれています」と話す。

 中学校の教師としても、クラブのコーチとしても、駿河台大の心理学部と駅伝部で2年間、学んだことが大きく役立っている。

 「心理学を勉強して、感情的にならないこと、怒ると叱るは違うということが分かりました。叱る時は肯定的に叱る。例えば『なんで出来ない?』ではなく『何で出来るのにやらない?』と言葉をかけます。常に相手がどう考えているか、を考える。それを大事にしたいと思っています」と今井先生は冷静に話す。

 徳本監督の存在は、やはり大きい。「ぶっきらぼうに見えて情に厚いですし、見ていないようで選手のことをよく見ている。何より必死です。監督の必死さが選手を本気にさせました。徳本監督には本当に感謝しています」としみじみを語った。

 今年の1月2日を最後に競技の第一線から退いたが、走力は落ちていないという。「ほぼ毎日、南高麗中の生徒やクラブの選手との練習で走っています。1か月に400キロくらいしか走っていないんですけど、1か月に1000キロ走っていた駿河台大時代よりも強くなっている気がします。不思議です。できることなら、今、箱根駅伝の4区を走りたい。区間最下位はやっぱり悔しい。今なら、あの時(1時間6分58秒)より3分は速く走れますよ!」。心底、楽しそうに笑いながら話す。

 箱根駅伝では異例の三十路(みそじ)ランナーとして注目されたが、まだ、31歳。教師としての道は長い。「人間教育で、どうすれば自立した生徒を育てられるか、いつも考えています。箱根駅伝には『箱根から世界へ』という理念がありますが、私の場合『箱根から教育へ』です。次の世代にタスキをつないでいきたい、と強く思っています」

 箱根駅伝史に残る熱血ランナー今井隆生。「箱根への道」を全力で走りきった後、熱血教師として「箱根からの道」でも全力疾走を続けている。

 ◆今井 隆生(いまい・たかお)1990年8月31日、東京・保谷市(現・西東京市)生まれ。31歳。大泉高では陸上部に所属し、都大会5000メートル10位が最高成績。2009年に日体大入学後、トライアスロンに転向。13年に卒業し、トライアスロン実業団チームのケンズ入り。16年に引退し、埼玉県の中学校教員に採用された。自己ベスト記録は5000メートル14分11秒10、1万メートル29分26秒99、ハーフマラソン1時間4分11秒。マラソン2時間23分23秒。165センチ、52キロ。

 ◆南高麗(みなみこま)中学校 1947年4月、開校。所在は埼玉・飯能市。自然豊かな土地でジャガイモ栽培やお囃子(はやし)体験などで毎年、地域と交流。2020年10月、日本初の国際規格に基づくインドアホッケー授業を開始。男女共学の1学年1クラスで全校生徒は34人。部活動は陸上部とソフトテニス部。学校教育目標は「人間力~賢く・優しく・逞(たくま)しく~」。主な卒業生はTBSの秋沢淳子元アナウンサー。

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