【羽生結弦 あの瞬間】道なき道を行く 前人未到4回転アクセルへの挑戦

スポーツ報知
19年12月6日撮影(カメラ・矢口 亨)

◆公式練習での4回転アクセル(19~21年シーズン)

 速い、速すぎる。リンクインした羽生のスピードが、いつもと違った。開始3分でジャージーを脱ぎ、すぐに4回転のトウループとサルコーを決めた。これはもう、クワッドアクセル(4回転半ジャンプ)に挑む気満々ではないか。予定稿は用意していた。速報用に、足元に置いてあったパソコンに手を伸ばした。「どうかけがなく」と祈りながら。

 2021年4月、国別対抗戦(大阪)のエキシビションに向けた45分間の練習。前日にフリーを終えていた羽生は、19年GPファイナル(トリノ)の公式練習以来、日本では初となる公の場での「4Aトライ」を敢行した。トリノでの試合後、羽生は「あの練習はかなり、いろんな覚悟を決めて臨んだ」と振り返った。初披露から1年4か月後、再び「覚悟」の場に立ち会った。

 恐怖心を振り切り、高く舞った。空中で思い切り体を回転させた。転倒時のドスンという衝撃音に、観客席から悲鳴が上がった。氷に体を打ちつけては、何度だって立ち上がった。起き上がる度に、拍手が送られた。そのエールに応えるように、羽生は跳び続けた。夢の大技に挑む姿に喜怒哀楽が詰まっていた。羽生の一挙手一投足に、4回転アクセルに懸ける強い思いがあふれていた。

 終了8分前。半袖になりギアを上げた。ノートには「残り1分」とメモしてある。回転が抜けた直後、氷を指さし叫んだ。「それでいいんだよ!」。終了間際。リンク外周を滑りながら叫んだ。「決めようよ!」。自らを鼓舞して跳んだ最後のトライは、着氷はかなわなかった。天を仰ぎ、右足を叩いた。12度挑戦し、回転が抜けたものを除いた6度は全て転倒だったが、観客から温かく大きな拍手が送られた。

 国別対抗戦翌日18日の取材で、4回転アクセルを練習で跳んだ意義についてこう話した。

 「試合の場所でやることに、意義があるかなと。また一人で練習することになると思うので。刺激がある、すごい上手な選手がいる中でやった方が、自分のイメージも固まりやすいかなというふうな意味を持っていました」

 コロナ禍以降、羽生は国内で一人での練習を続けてきた。叫び、思考を巡らせ、必死に壁を越えようとしてきた。4回転半の習得に向かう様子を目の当たりにし、思い知った。こんなにも過酷で孤独な作業に、一人で取り組んできたのかと。(高木 恵)

 ◆矢口が撮った

 19年12月のGPファイナル(イタリア・トリノ)の男子フリー前日の公式練習の終盤だった。黒い半そで姿の羽生が突然アクセルを跳んだ。今までと高さも距離も違う。公の場で初めて見せた4回転アクセル。羽生の体が氷にたたきつけられる度、06年トリノ五輪の舞台でもあったパラベラに衝撃音が響いた。

 SPを終えて首位のネーサン・チェンとは12.95点差。羽生をもってしても簡単に逆転できる状況ではない。「だからこそ、ここで何か爪痕を残したい」。フリー本番で跳ぶ予定がない4回転アクセルの練習は大きなリスクだが、羽生は強い目でトライを重ねた。その体をつき動かしているのは、どんな逆境でも自分らしくいたいという理屈を超えた強い気持ちだった。

 端麗な容姿や五輪2連覇の実績は勿論素晴らしい。でも、その熱量こそが彼の一番の魅力なのだと思う。周りを見渡すと、海外のメディアも含めて、その場にいたカメラマンのレンズは一斉に羽生を追いかけていた。(写真部・矢口 亨)

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