【羽生結弦 あの瞬間】熟成された深みは唯一無二の味 「バラード第1番」

スポーツ報知
2020年2月、四大陸選手権での羽生結弦(カメラ・矢口 亨)

◆SP「バラード第1番」(14~16、17~18年シーズン、20年)

 「王者の帰還」と呼ぶにふさわしい名シーンだった。2018年2月の平昌五輪。右足首の故障から4か月ぶりの実戦リンクで羽生結弦が演じたのは、ショパンのピアノ曲「バラード第1番」。当時の自身の世界最高得点に迫る111・68点をマークし、トップに立った。

 あまりの衝撃に、会場の記者席をなかなか立ち上がれなかったことを覚えている。走って向かったミックスゾーンで耳にした言葉を、今でもよく覚えている。「鳥肌が立った」「しびれた」「たまげた」「もはやショパンそのもの」。記者それぞれが、思いのままに言葉を発した。

 数々の海外メディアの取材を経て、ようやく日本の報道陣が待つエリアに到着した羽生が発した第一声は「わあい、日本語だ」。当の本人はいたって、落ち着いていた。ノーミスの演技をした後ほど、羽生は冷静なことが多かった。取材を終え、会社に電話をした。デスクも興奮状態だった。「演技後のテレビのインタビューで『僕は五輪を知っている』って言ったんだよ。鳥肌が立ったよ」。それを聞いてまた鳥肌が立った。

 珠玉の作品を再び目にする機会に恵まれたのは、20年2月の四大陸選手権(韓国・ソウル)だった。シーズン途中、羽生は決断を下した。演目を「秋によせて」から「バラード第1番」に変えた。代表作を再び演じることは、勇気がいる。過去の自分との闘いに挑んだ羽生の得点は、111・82点。旧採点ルール時代を含め、同プログラムで4度目の世界最高得点更新だった。

 ピアノの旋律がよく似合う。羽生は体で、心で、音を奏でた。気持ちを乗せながら「プライドを持って滑った」「曲を信じて跳んだ」という2年ぶりのショパン。「なんか久しぶりですね。これまでの『バラード第1番』の中で、本当に一番良かったんじゃないかと思います」。考えずして体は動いた。フィニッシュの表情が平昌五輪と重なった。

 「ワインとかチーズみたいなもの。滑れば滑るほど、時間をかければかけるほど熟成されていって、いろんな深みが出るプログラムだなと。それがすごく自分らしい」

 羽生にしか出せないうまみが凝縮されたマスターピース(傑作)として、「バライチ」は語り継がれていく。(高木 恵)

 ◆矢口が撮った

 20年2月の四大陸選手権、羽生は自分らしさを取り戻すため、プログラム変更を決断した。SPは2連覇を達成した18年平昌五輪で使用した「バラード第1番」。このシーズンから本格的にフィギュアスケートの撮影を始めた私にとって、初見にして伝説のプログラムだ。

 終盤のステップの冒頭、羽生が自分自身を解放するように両手を広げるシーンを撮影したいと思った。そのためだけにリンクの右のショートサイドの撮影位置を選択した。手にしたのは135ミリの単焦点レンズ。ズームレンズに比べて画角の自由度が制限されるから撮影の難度は高い。でも、うまくハマれば解像度が高く、背景が奇麗にボケた質の高い1枚が撮れる。

 羽生はカメラマンにとっても稀有(けう)な存在だ。海外にも多くのファンを持ち、彼の写真は言葉の壁を越えて注目される。「世界一の写真が撮りたい」と自然に思わせてくれる。最後のジャンプ、トリプルアクセルを完璧に決めて足替えのシットスピン。羽生がこちらに近づいてくる。完璧な演技。あとはカメラマン次第―。

 演技終了後に撮影した写真を確認した。安どと共に達成感。こんな気持ちにしてくれる被写体に巡り合えた幸運に、私はこれからも感謝し続けるのだろう。(写真部・矢口 亨)

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