【羽生結弦 あの瞬間】幸せを、希望を、感謝を込めて「春よ、来い」

スポーツ報知
エキシビションで演技する羽生結弦(カメラ・矢口 亨)

◆エキシビション「春よ、来い」(18~22年シーズン)

 「春よ、来い」を舞う羽生結弦の心は、愛に満ちていた。北京五輪のエキシビション。誠実で濁りのないスケートへの感情を曲にシンクロさせ、跳んだ。世界一美しい3回転半ジャンプ。宙で時を止めるかのようなディレードアクセル。

 「本当に幸せな時間でした。すべての思いを、すべての幸せを、演技に込めました」

 競技会のリンクでの最後のプログラムとなったピアノ曲は、羽生にとって特別な作品だった。コロナ禍の2020年秋、国内で1人での練習を強いられた時期に、どん底まで落ちた。「辞めよう」とさえ思った。そんな時、「春よ、来い」を滑って救われた。「やっぱスケート好きだなって思ったんですよね。スケートじゃないと、自分は感情を出せないなって。全ての感情を出し切ることができないなって」。闇を抜け出すきっかけをくれた。

 同年12月の全日本選手権のエキシビションでは、希望に満ちた春の訪れへの祈りを込めて演じた。「何よりもこの時期にぴったりというか。この世の中に一番伝えたいメッセージだったんで、本当に少しでも心が温かくなるような演技がしたかった」。曲に思いを重ねてきた。

 北京五輪で練習中に右足首を捻挫し、翌日のフリーは注射を打って出場した。エキシビションに向け、痛み止めを服用しながら練習を再開した。どうしても表現したいことがあったからだ。「これまでの人生の中で一番、皆様の応援をいただけたと思える試合でした」。感謝をスケートで伝えたかった。全力で届けたかった。閉演後、深々と一礼し、世界に向かって叫んだ。

 「ありがとうございました。謝謝」

 心と体を削り、フィギュアスケートのために生きてきた。羽生の滑りは見る者の感情を動かす。誰かの日常を彩る。

 「自分は皆さんに見てもらって、見ていただいたときに『やっぱ羽生結弦のスケート好きだな』って思ってもらえる演技を続けたいと思っています」

 喜びもあった。苦悩もあった。長い道のりを経てたどり着いた今、羽生は新たなステージへと進む。これからも、春の日の温かな光のように、人々の心を照らし続ける。(高木 恵)

 ◆矢口が撮った

 「春よ、来い」の大きな魅力の一つは、その没入感だ。暗転した空間。桜色の衣装をまとった羽生が、繊細なピアノの旋律に合わせて舞う。2月の北京五輪のエキシビションで初めてこのプログラムを目にしたある記者は「まるで美術館に行ったような感覚になった」と話した。

 2019年11月のNHK杯エキシビション(札幌)では、幻想的な一枚を撮影することができた。左腕のレースから透けて見える羽生の顔。両手からは握りしめた氷がこぼれ落ちて輝いている。以降も何度か「春よ、来い」を撮影する機会に恵まれ夢中でシャッターを切り続けたが、同じようなシーンには巡り合えなかった。その時々の感情を表現する羽生の演技はまさに一期一会の芸術。そのはかなげな美しさで、これからも多くの人々を魅了し続けるのだろう。(写真部・矢口 亨)

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