日本代表DF小池龍太、JFAアカデミー出身初の代表入り「チームを助けられる選手に」中国戦でデビューへ

スポーツ報知
小池龍太

 E―1選手権に臨む日本代表DF小池龍太(横浜FM)が22日、オンライン取材に応じた。中国戦(24日・豊田ス)でのA代表デビューに期待がかかる26歳。JFAアカデミー出身として初の代表入りを果たした思いや、初選出の日本代表活動で受けている刺激について語った。

 同じ右サイドバック(SB)を担うDF山根視来(川崎)への強い意識が、代表への思いを一層駆り立てていた。山根が2アシストを記録した19日の香港戦(6〇0)はベンチから見守った。「視来くんのすごさは感じているし、一緒にプレーしたい、彼のプレーを見て近くで感じて話を聞いて、より多くを吸収したいと思って代表を目指してきた部分もあった」。自身の強みについては「両SBを同じクオリティでプレーできること」と自負するが、W杯最終予選でも出場機会を得ていたJリーグ屈指のSBから学びを得ている。

 チーム全体の練習では「一つ一つの球際、会話する内容の質、サッカーの面で一人一人が持っている頭の部分での能力」に刺激。中国戦に向けた21日の練習では右SBに入ってプレーする様子が見られた。「ゲームを作る上でSBは大切なポジション。DFラインに立つ場面でも前向きにプレーしたい。(所属の横浜FMと)ポジショニングでの立ち位置は違うけど、気持ちの持ちようとしては同じ意識を持つことが大事。チームを助けられる選手になりたい」とA代表デビューを思い描く。

 JFAアカデミー福島出身で、高校卒業後、当時JFLの山口(現J2)からキャリアをスタート。アマチュア契約だった当時はサッカーの外部コーチなどをしながら生活を成り立たせ、サッカー選手としての生活と両立を図った。「目標として設定する場所は日本代表、海外挑戦」と野望を掲げていたが、「JFLでプレーしている以上、アマチュア契約でやっている以上はなかなか難しい」とも現実を受け止めていた。

 それでも「何かを変えたり自分が諦めることは自分の生き方とは反するので、同じやり方、成長の仕方を証明したい」と努力を怠ることはなかった。J3、J2とチームとともに昇格を果たし、17年に柏へ個人昇格。19年にはベルギー2部のロケレンに移籍した。着実にキャリアを歩んだ中、ロケレンではクラブの倒産も経験。「サッカーできることが当たり前でないことを痛感した。苦しい時間もあったけど、どんな時もできることはあると信じていた」。一つ一つの「チャレンジ」を経て、JFL時代から口にしてきた日本代表へとたどり着いた。

 「人生の進め方は僕にしかできない部分はあると思うけど、少しでも知ってもらう中で、同じように取り組んでもらえる選手が増えたり、サッカー選手やアスリートでなくても同じように何かを感じてもらえたら」。新卒でJFL入りした選手のA代表出場となれば、史上初の快挙(JFLに所属した流通経大の選手は除く)。JFAアカデミー出身選手としても初の日本代表選手となり、「日本サッカー界にも影響を与えると自覚している。自分がここで評価されないといけない」と強い決意を抱く。「努力してきた時間とか背景は実際に見えないけど、その努力が見えるようなプレーを見せたい」と気合を込めた。

サッカー

個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×