【羽生結弦 あの瞬間】音を視覚化すると、こんなふうに見えるのかもしれない SP「序奏とロンド・カプリチオーソ」

スポーツ報知
2022年2月8日(カメラ・矢口 亨)

◆SP「序奏とロンド・カプリチオーソ」(21~22年シーズン)

 「バラード第1番」以来の衝撃だった。北京五輪シーズンの2021年全日本選手権で初披露されたショートプログラム(SP)は「序奏とロンド・カプリチオーソ」のピアノバージョン。「羽生結弦にしかできない表現」が詰め込まれた至高の作品が、また一つ世に放たれた。

 突き上げた右手をゆっくりと下ろすと、湧き出た思いをかみしめるように胸に当てた。「最後は意識が飛んでいるような感覚のなかで、何かをつかみ取るみたいな物語」。初演から曲の解釈は10点満点。音を奏でるかのように舞った。呼吸をするのも忘れるくらいの2分50秒。ふと、記者席で思った。「ひょっとして、音を視覚化すると、こんなふうに見えるのかもしれない」

 2シーズン連続で、初戦が全日本選手権になった。想像を絶するほどの重圧があっただろう。252日ぶりの実戦で、ノーミスの滑りを披露した羽生の強さに震えた。選曲は「かなり悩んだ」という。浮かんだのがピアニストの清塚信也氏の顔だった。コロナ禍で一人の練習が続き、心が折れかけた時期に、清塚氏が演奏した「春よ、来い」を滑り、スケート愛を取り戻した。「生きる活力と滑る活力をいただいた清塚さんのピアノにしたら、もっと気持ち良く、気持ちを込めて滑ることができるんじゃないかと思った」

 11月中旬のNHK杯前に古傷の右足首を痛めた。苦悩や、クワッドアクセル(4回転半ジャンプ)挑戦の道程。すべての感情を曲に乗せた。試合を想定した演技練習では、一度もノーミスがなかった。「すごく緊張した。でも、試合同様の練習をしているので、できると思ってやった」。羽生の練習は質が高いことで知られる。試合級の集中力を日々の練習にも注げることも、羽生のすごさだ。

 今年2月の北京五輪では、冒頭の4回転サルコーの踏み切りで氷の穴にはまるアクシデントがあった。羽生の心は折れなかった。直後の4回転―3回転の連続トウループは、ジャッジ9人中3人が満点をつける完璧なジャンプだった。「ロンカプ」の世界観そのまま、誇り高く演目の中を生きた。「全然気持ちを切らさずに、プログラムとして成り立っていたように自分のなかでは思っています」。競技会での演技は2度だけだった。時間にして5分40秒。見る者の心には、永遠を刻んだ。(高木 恵)

 ◆矢口が撮った

 羽生の「序奏とロンド・カプリチオーソ」。最初のジャンプ、4回転サルコーを跳んだ後のムーブが私は好きだ。額の前に右ひじを上げながらの美しいイーグル。2月の北京五輪男子SPでは、アクシデントに見舞われた。それでも、直後のイーグルの美しさは変わらなかった。羽生は羽生にしかできない演技を世界に見せつけた。

 羽生にとって、心を込めて作り上げたプログラムを演じることは自分自身を表現することなのだろう。表現者として彼の領域に到底及ばないことは理解しているが、フォトグラファーの私も自分の作品に対する思いは少しだけ分かるような気がする。

 応援してくれる人たちの声を感じて。プログラムを一緒に作り上げてくれた人たちの気持ちと一緒に。今まで何度も逆境をはね返してきた自分を信じて。北京の「ロンカプ」はまさに、羽生自身を演じ切った2分50秒だった。(写真部・矢口 亨)

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