羽生結弦が天国と地獄を味わったシーズン 衝突事故、鬼気迫る4回転ジャンプ、優勝…限界に挑む姿を見た

スポーツ報知
2014年のNHK杯開幕前、あごの傷にテープを貼って練習に臨んだ羽生

 フィギュアスケートの羽生結弦が、天国と地獄の両方を見たシーズンを担当した。わずか1年だったが、そこで見たのは泥臭いまでに「自分の限界」にこだわる姿だった。

 2014年2月のソチ五輪で金メダリストになった19歳には、とある表彰式で、フィギュア担当になったあいさつをした。たいした会話はしてないが、丁寧な受け答えが印象に残った。夏を過ぎて、シーズン初戦に予定した大会は腰痛で欠場。次は、あの衝突事故が起こった11月の中国杯だった。

 演技直前の6分間練習で他の選手と激突した。顔が青ざめ、流血もしていた羽生に、コーチは「ここでヒーローになる必要はない」と諭したという。でも、頭部とあごにテーピングを施して滑りきった。翌日には車いすで帰国した羽生が事故から20日後、大阪でNHK杯に出場した。

 関係者以外がリンクから閉め出された開幕2日前の練習。何とか状態を確認したいと思っていたら、場内にある部屋の小さな監視モニターに写っていた。目をこらすと、鬼気迫る雰囲気で4回転を含むジャンプを20本以上跳んでいた。大会前には、他競技での死亡事故の例を引き合いに「スポーツは自分の限界に挑む。ある意味で死と隣り合わせ。この前は1秒に満たない差があったら、僕は(命を落として)いなくなっているかもしれない。ここにいるのは奇跡」と淡々と話した。この答えで羽生への印象がガラリと変わった。

 4位で同大会を終えた後、GPファイナル、全日本選手権を立て続けに勝ったと思ったら、年末には腹痛を訴えて「尿膜管遺残症」で手術、入院。さらに右足首捻挫を乗り越えて、世界選手権で銀メダルを獲得した。まだ繊細さが残る10代から、強い心を持つアスリートに変わる貴重な時期を見られたと思っている。(14―15年フィギュア担当・武田 泰淳)

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