山本コウタローさん、4日未明に73歳で死去…「走れコウタロー」がアニメやゲームで使われ若い世代にも人気

スポーツ報知
山本コウタローさん

 キャッチーなメロディーで人気を博した1970年代のヒット曲「走れコウタロー」で知られるシンガー・ソングライターの山本コウタロー(やまもと・こうたろー、本名・厚太郎)さんが、4日未明に脳内出血のため都内の自宅で死去していたことが15日、公式サイトで発表された。73歳だった。葬儀は12日に都内の斎場で近親者のみで営まれた。

 「走れ~走れ~コウタロー」の心地よいリズムが長年にわたって愛された山本さんが、静かにこの世を去っていた。音楽関係者によると、山本さんは4日未明に都内の自宅で倒れているところを、25年以上同居している事実婚の女性が発見。病院に緊急搬送されたが、帰らぬ人となった。

 山本さんは5年以上前から難聴に悩まされ、補聴器を使っていた。近年は「アーティストとしてはもう潮時かな」と周囲に明かしていたという。コロナ禍で最近は外出を控えていたが、そのために体力が急速に衰え、2~3か月前からつえがないと歩けないほど体力が低下していた。

 スタッフの運営する公式ブログによると、公の場での歌唱は、2019年8月が最後。広島原爆養護ホーム「倉掛のぞみ園」で、南こうせつ(73)、大友康平(66)と開催した「広島平和コンサート」だった。

 山本さんはフォークグループ「ソルティー・シュガー」として70年に発売した「走れコウタロー」が大ヒット。競馬実況風の歌詞が話題となり、メッセージ性の強いフォークにエンターテインメント要素を持ち込んだ。同曲はアニメ「みどりのマキバオー」で「走れマキバオー」として、人気ゲーム「ウマ娘プリティーダービー」でも「走れウマ娘」として替え歌が歌われるなど、世代を超えて愛されている。

 71~78年にはTBSラジオの人気深夜番組「パック・イン・ミュージック」のパーソナリティー、87~89年にも日本テレビ系「午後は〇〇おもいッきりテレビ」の初代司会者に。俳優としてもTBS系ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に出演した。また、環境問題に関心を寄せ、87年4月に白鴎大経営学部の非常勤講師に就任。19年3月に同大学の名誉教授となった。この間、89年には参院選に立候補するなど幅広く活躍した。

 熱狂的なヤクルトファンで、神宮球場の年間パスポートを保持。今年も試合観戦に行き、ヤクルトの2年連続優勝を楽しみにしていたという。白鴎大では野球部の部長を務め、同大から阪神・大山悠輔内野手(27)がドラフト1位指名された際には「1年生の時からずっと見ています。よく練習をしますね。こいつは見どころがあると思いましたよ」と話していた。

 ◆山本 コウタロー(やまもと・こうたろー)本名・厚太郎。1948年9月7日、東京都千代田区生まれ。一橋大在学中に「ソルティー・シュガー」として活動し、70年に「走れコウタロー」で日本レコード大賞新人賞を受賞。86年から白鴎大で講師を始め、89年の参院選に出馬するも落選。2010年の参院選では民主党(当時)の比例代表で出馬した歌手・庄野真代(67)を後押しした。

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