横浜銀蝿・嵐さん、仰天デビュー秘話 直撃取材で20代記者に伝えてくれたコト

スポーツ報知
ファン決起集会を行った横浜銀蝿40thの(左から)TAKU、嵐さん、翔、Johnny

 80年代日本のロックンロールシーンを沸かせた4人組バンド「T.C.R.横浜銀蝿R.S.」のリーダー・嵐ヨシユキ(本名・田宮淑行)さんが7月4日に肺炎のため亡くなった。11日、所属レコード会社が発表した。嵐さんは病気療養中だった。

 20代の記者が横浜銀蝿のオリジナルメンバー4人と出会ったのは、2019年の夏。83年の解散以来初めて再集結する4人を取材した。忘れもしない。記者は銀蝿が活躍した80年代を知らないため、大ファンだという上司からCDアルバムなどを借り、勉強してから取材へむかった。いざ記者の前に現れた4人は革ジャン、細身のズボンにサングラス―。イカした格好、生き生きとした表情からは古いというより、新鮮さを感じた。

 37年ぶりに集結した4人は思い出話に花を咲かせた。特に盛り上がったのが、デビュー前にレコード会社へあいさつに行った際の嵐さんの行動についてだった。

 嵐さんはバンドとしての目標である「シングル1位、アルバム1位、武道館満タン」を書き込んだ模造紙を持参。レコード会社のスタッフたちの前で、実弟でボーカル・翔とギター・Johnnyに模造紙を掲げさせ「みなさん、俺たち金の匂いがしませんか?」と売り込んだという。

 翔は当時を振り返り「レコード会社にあいさつへ行くときは普通『こんにちは』と言うと思う。だからこそ、何言ってるんだこの人は…」と大笑い。その後、キングレコードの執行役員などを務めたJohnnyは「嵐さんはすごい。いまだにキングの人たちの記憶に残っている」と感心した。一方、当の本人は「一発かまさないといけないとダメだって思った。言うと自分にプレッシャーになる」。嵐さんの“漢気”が、銀蝿の3年3か月の活動で総売り上げ378万枚を誇る伝説を導いたに違いない。

 最後に会ったのは昨年10月、期間限定で再集結した「横浜銀蝿40th」のラストツアー初日だった。今後について聞いた時、嵐さんが言ったのは、たった一言。「健康第一」。力強い意気込みに、Johnnyも「もしかしたら50周年をやるかもしれないけど、先のことは分からない。とにかく健康でいようね」と誓いを立てた。

 「健康第一」からわずか9か月での訃報は、早すぎる。それでも、嵐さんが還暦を過ぎても再集結という挑戦をする姿や脳梗塞から回復してドラムのスティックを握る姿に胸を打たれた人も多いのでは。67年、ぶっちぎり続けた人生だった。

(文化社会部・水野 佑紀)

芸能

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真 法人向け紙面・写真使用申請
×