元白鵬・間垣親方、最多優勝は「積み重ね」大久保嘉人氏、最多得点「引退してから実感」ロング対談

スポーツ報知
間垣親方(右)と大久保氏は勝負師のダンディズムが詰まった対談をした(カメラ・小林 泰斗)

 スポーツ報知では、創刊150周年と東京本社の両国移転を記念して大相撲応援企画「推し相撲」をスタートする。“初日”となる第1弾は元横綱・白鵬の間垣親方(37)とサッカー元日本代表FW大久保嘉人氏(40)の“レジェンド対談”が実現。45回の優勝を誇る間垣親方と、J1で191得点を挙げた大久保氏の最多記録保持者同士が、大相撲の魅力や現役時代の思い出、今後の角界に期待することなどを語り合った。(取材、構成=三須 慶太、田中 雄己、斎藤 成俊)

 ◆相撲…2016年4月13日 川崎巡業

 対談を前に、両者はがっちり握手を交わして再会を喜んだ。横綱・白鵬と大久保氏は2016年4月、大相撲の川崎巡業で“対戦”。J1川崎所属だった大久保氏は、クラブカラーの水色のまわしで土俵に上がった。全力でぶつかったが、2回とも軽く転がされ完敗。当時の写真を見ながら、思い出話から異色の対談が始まった。

 大久保「めちゃくちゃでかかったです。熊かな、と思うくらい(笑い)。いくら押しても動かない。これは無理だと。サッカーのディフェンダー(DF)でも大きい人はいますけど(比べても)相手にならないですよ」

 間垣親方「1回目は早めの決着だったけど、2回目は長かった。やっぱりプロアスリートは違うな、と思いました。全く息が上がっていませんでしたからね」

 大久保「いま、握手した時も(手が)分厚かった」

 間垣親方「でも、私は入門した時62キロでした。あだ名は、もやし。とにかく食べて2年半で135キロにして、今は150キロです。モンゴルにいた頃はバスケに夢中で、雪の上に円を描いて日本の相撲をする程度でした。ただ、私の相撲のスタートはそこからでした」

 大久保「相撲は(小さい頃)家で祖母や親がずっと見ていて大好きになりました。テレビは相撲か水戸黄門でした。練習帰りの車でもラジオで聞いていました。体が小さかったので、舞の海が好きだったなあ。テレビドラマの千代の富士物語も見ていました。サッカーの練習の途中でみんなで相撲を取ることもあって、勝つまでやっていた。実は、ちびっ子相撲にも出たことがあって地区で優勝したこともあります。今ではサウナに入っているときによく見ます。自分は闘志を前面に出してプレーするタイプなので、大きな力士たちが、土俵の上で気迫と気迫をぶつけ合う姿は、マジで尊敬します。サッカーはスパイクなどありますが、相撲はまわし以外になく、まさに体だけを使って戦う格闘技ですね。見ていると大興奮で、サウナで熱くなった体が、さらに熱くなります。ただ、熱くて出たくなっても、つい見ちゃいますね」

 間垣親方「そうですよね。実際に国技館に足を踏み入れると、雰囲気と迫力に魅了されると思います。私は本当に相撲が大好きで、相撲は私の生きる道。ただ、力だけで勝てるわけではないのも魅力です。まわしの取り方や、相手の力を利用したり、技にも注目してほしいです。私は現役を辞めた今、よくこんな化け物たちと戦っていたなと思うことがあります。そして、現役力士って本当にかっこいい。だから、テレビ解説の時はなるべく褒めたいと思うんです」

 ◆記録…最多優勝45回と最多191得点

 ―間垣親方は優勝45回、大久保氏はJ1通算191得点など最多記録を持つ。長く活躍する秘けつは?

 間垣親方「ある人に『45回優勝しようと思って入門してないでしょ?』と言われた。本当にそうで、積み重ねで記録がついてきただけ。私は序ノ口デビュー場所で(3勝4敗で)負け越している。消したい過去ですね。(若い頃は)弱い力士だったので、とにかく基本をすごく大事にして稽古しました」

 大久保「俺も得点記録は意識していなかったです。得点王は1回取ってみたいと思っていましたけど。実際に1回取ると、もう1回取りたいという欲が出て、結果的にあれだけ得点が取れた。引退してから、実感が湧いてます」

 間垣親方「王(貞治)さんは同じ一本足に見えるけど、毎シーズン打ち方を変えていたんですって。『そうじゃないと打てない』と。去年は去年ですものね」

 大久保「過去ですからね。研究されるとその上をいかないと。何か変えないと(点を)取れないし、勝てないでしょうね」

 間垣親方「自分の場合は、晩年は勝ち方というのがありまして。その辺はスポーツと大相撲の難しい部分というのかな。微妙というか違いというか…。自分は土俵の上では鬼になって勝ちにいきましたね」

 大久保「国技だから、ガッツポーズもダメじゃないですか。でも、気持ちも伝わってくるし、本当にうれしい時はいいんじゃないのかなと思います」

 間垣親方「…(苦笑い)。話は違いますが、勝った力士が負けた力士に手をさしのべるじゃないですか。初代若乃花さんは『見た目はいいかもしれないが、絶対にやってはいけない』と。北の湖さんも『勝って屈辱を与えているのに、もう1回かと。自分だったら絶対に嫌だ』と言っていました」

 ◆引退…間垣親方「本当は負けて引退したかった」大久保氏「ボロボロは嫌や」

 ―親方は横綱900勝にあと1勝、大久保さんもJ1通算200得点にあと9と迫りながら昨年、現役生活に別れを告げました。

 間垣親方「本当は負けて引退したかった。千代の富士さんが貴乃花(当時は貴花田)さんに負けて引退を決めたり、ドラマがある。でも、(昨年の名古屋場所全勝Vで)負けずに終わっちゃった(笑い)。6場所連続休場明けで、誰も優勝しないと思っていたでしょうね。初日に花道を歩いていたら、お客さんの拍手がすごかった。北の湖さんが『横綱は同情されたら終わりだ』と言っていたけど、ついにその時期が来たと思って、逆にスイッチが入りました。『ここで終わらないぞ』と。2日目から拍手が少なくなっていきましたけど(笑い)」

 大久保「俺はブーイングとかされると逆に燃えました。言われなくなったら終わりだと思っていたから」

 間垣親方「私は朝青龍関に負けた時、花道を下がったら『白鵬、ざまあみろ』と言われたことありました。それはすごく傷つきました。そこまで言われるのかって」

 大久保「引退については、俺はまだ(現役を)できました。でもボロボロになってまでは嫌やなあ、と。本当は今年もやるつもりだったんだけど、ふと『やはり辞めよう』と思っちゃった。それですぐに(近い関係者に)辞めることは伝えました」

 間垣親方「私は医師に人工関節になると言われたので決断しました。後の人生の方が長い。(現役生活の)晩年はなかなか思い通りにいかなかったものですから。けがも多かったし。後半は睡眠薬飲んでやっていましたからね。今は稽古をしないのが幸せです(笑い)」

 大久保「楽ですよね。何も考えないでいいですしね」

 ◆家族…ともに4児の父

 ―アスリートにとって家族の存在は大きい。親方も大久保さんも、4人の子供のパパでもありますね。

 間垣親方「結婚していなかったら45回も優勝していないと思います」

 大久保「俺もそうですね」

 間垣親方「結婚していなかったら、もう遊び回って…」

 大久保「マジで同じです(笑い)。俺も早く結婚しないと潰れると思いました」

 間垣親方「やはり帰れるところがあるから緊張感を持ってやれるんでしょうね。コロナ禍で一緒にいてわかりました。母はすごいです」

 大久保「(家のことを)何十年もずっとやっていますもんね。(家では)俺が長男と言われてます(笑い)」

 間垣親方「最近、はまっているものはありますか」

 大久保「やっぱりゴルフですね。ドライバーは安定しているんですけど、セカンド、アイアンが下手なんです」

 間垣親方「5、6番アイアンぐらいですか」

 大久保「ざっくりいっちゃうんですよね」

 間垣親方「自分は20歳からゴルフをやってますが、止まっているボールなんで簡単そうに見えるのに、本当に難しいですね」

 大久保「練習場も行ってます。サッカーだったら悔しくて練習するじゃないですか。何でできないんだろうと。今はそれがゴルフに変わりました(笑い)」

 ◆将来…名人と指導者

 ―現在、間垣親方は後進の指導に当たり、大久保さんはお茶の間でも大人気。自身、そして競技の将来は?

 大久保「指導者? 最終的には1度、やってみたいと思いますけど、まだ。(サッカーを)ずっとやってきたので、ちょっと違うことを見てみたい」

 間垣親方「いろいろやってもいいと思います。私は去年から、すぐ指導者じゃないですか。若い子は…と言ったらあれだけど、教えるのが難しいですね。今は厳しくしてはいけないじゃないですか。若い子には、もっと自分から『お願いします』という精神でやってほしい」

 大久保「そうなりますよね」

 間垣親方「本場所だけで結果を出そうとしてもダメでしょ、と。負け越して悔しいと思っても、稽古してなければ悔しがる価値がないでしょ、と。親方が来ていない時も体を動かす。変な話だけど、土俵は見ているんだからな、だから常に見られていると思って緊張感を持ってやらないといけないぞ、という話はしているんです」

 大久保「昔のお相撲さんは皆さん華がありましたよね。今はちょっとひきつける何かがない。サッカーも一緒。知らない人が『見よう』とはならないかも。“いい子ちゃん”が多いというか。俺みたいに口でバーッと言うと、ちょっと注目が集まるじゃないですか。みんな真面目で、自分にプレッシャーをかけられない。わくわくするような、引きつけられるようなものを見たいですね」

 間垣親方「これからは我々が、相撲とサッカーの交流が今まで以上に深まるように頑張っていきたい。自分たちがやらないと、後の世代はもっと(距離が)離れていくと思うんですよ。自分が好きな言葉が『型を持って型にこだわらない』。型がないのにいろいろやろうとしてはダメ。型を持っていても、型にこだわらないのが名人であり達人だと思っていて。大久保さんが言うように、ひきつける力士が早く出てほしいし、熱い勝負が見たいですね。そこで型を持っていて、こうなったら強いというのをみんな注目して見るわけだから、それを目指してほしい」

 ◆取材後記…空気感ピッタリ

 この対談は、当時現役だった大久保氏が、同じく現役だった間垣親方の強さを見て、日頃の調整法などの話を聞いてみたいということが発端だった。お互いの都合が合わず、引退後の対談実現となったが、開始当初から空気感がぴったり合っている様子だった。

 「ようやくお会いできましたね」と間垣親方が歓迎ムードで握手を交わすと、すぐに互いの趣味でもあるゴルフの話に。こちらが話題を振るまでもなく、話がスムーズに進み、対談は大いに盛り上がった。

 間垣親方が主催する子供相撲大会「白鵬杯」に大久保氏の子供が出場するプランも浮上し、今後予定される断髪式にも招待するという話題にもなった。意気投合した2人は、最後に互いの連絡先を交換。ともに最多記録を持つ名アスリートが交流を持つことで、角界、サッカー界がさらに盛り上がることを期待したい。

(三須 慶太)

 ◆取材後記…共通する家族愛

 節目の記録を眼前にしながら、一線を退いた2人。引き際のみならず、共通点は多い。

 得点数と優勝回数の記録を樹立した一方で、批判や重圧を受け止めながら戦い続けた姿も重なる。反骨心や精神力。それらも常人離れしているだろうが、勝ち続けた理由を「家族」と口をそろえた。

 大久保氏は高校時代からの純愛を貫いた。間垣親方は、携帯電話を泥棒に盗まれたことが契機となり、初恋の相手と結ばれた。現在は共に4児のパパ。取材中も息子のやんちゃぶりに、娘のゴルフの成長ぶりに頬を緩めていた。現役時代に見せた獣のような眼光からはほど遠い穏やかな表情だったが、家族への思いは変わらない。そのいちずな思いがあるからこそ、白星やゴールを追い求められた。(田中 雄己)

 ◆報知プロスポーツ大賞…感謝と刺激

 〇…両者は創刊150周年を迎え、両国に移転した報知新聞社との思い出も語った。「本当に国技館の真横に引っ越してきたんですよね。歩いて30秒、走ったら10秒くらい?」と興味津々の間垣親方は「報知新聞主催のプロスポーツ大賞のパーティーで、いろいろなアスリートの話を聞いた。報知しかできないイベントかなと思うし、よく取り上げてくれて感謝しています」。大久保氏も「俺も報知プロスポーツ大賞が印象にある。俺の時は柳田(悠岐)選手、大谷(翔平)君とか、すごい選手ばかり。『もっとやらないけん』と思いましたね」と振り返った。

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