山下達郎の音楽との向き合い方「プロデューサーの自分が、歌手の自分にこう歌えと命令している」インタビュー

スポーツ報知
柔らかな表情で、専門的な知識とキャリアを織り交ぜたトークを展開した山下達郎

 シンガー・ソングライターの山下達郎(69)が、6月22日に14枚目のオリジナルアルバム「SOFTLY」をリリースした。約半世紀、日本のポップスをリードしてきた山下に、2011年の「Ray Of Hope」以来11年ぶりのアルバムに込めた思いや、今もオリジナルキーで歌い続けるライブへのこだわり、音楽との向き合い方など、たっぷり聞いた。(田中 雄己)

 虚を突かれた。「お手柔らかにね」。70歳を目前に控えた日本音楽界のレジェンド。メディアにはあまり登場せず、音質を追求するため、大規模な会場ではライブを行わない。“求道者”のようなイメージを抱いていたが、名刺を渡した指先から視線を上げると、柔らかな笑顔があった。

 前作から11年。“空白”の時間を「怠け者だからかな」と冗談を交えつつ、「ライブに専念していて、体力が持たなかったからね」と回想した。50代に突入した2000年代。YouTubeや配信の普及も影響し、売り上げが落ちた。「懐メロ歌手として生きる」。そんなことも頭をよぎったが、「80年代の原点」としてライブに立ち返ることを決めた。年間50本以上。目の前のファンに向き合うと、タイアップのCMやドラマが増えた。「こんな時代だからこそライブというファクターが重要になっていてね」

 コロナ禍でライブの機会が失われたが、「スタッフが、ライブないならCD作れって(笑い)」。11年ぶりのアルバムの契機となった。「LOVE’S ON FIRE」では最新の作曲や編曲技法を示し、「OPPRESSION BLUES」では世界情勢を憂いた。キャリアを重ねた山下だからこそ紡げる曲が並んだ。

 75年のデビューから半世紀にわたり、日本の音楽シーンを彩り続けているが、山下自身のパーソナリティーはそれほど多く知られていない。素顔は謎が多い。

 「もともとはレコードプロデューサーになりたかったんです。無から有を生むより、人のサウンドにプラスアルファする方が才能あると思っていて。でも、どんな人をプロデュースしても自分の売り上げを超えられない。それがずっとジレンマだったんだけど、竹内まりやが超えた。これで名実共にレコードプロデューサーになれると思ったんだけど、自分も継続してしまって。今はもう、やめるもへったくれもなくなって。一生やっていくつもりです」

 近藤真彦やKinKi Kidsらプロデュースした楽曲も数知れない。プロデューサー・山下達郎から、歌手・山下達郎はどう見えているのか。

 「プロデューサーの自分が、歌手の自分にこう歌えと命令しているんです。曲も結構ばらけているでしょ。シンガー・ソングライターだったら自分の思想信条を歌うでしょうけど、そうじゃないんだよね」

 自身を客観視する姿勢は、ライブでも変わらない。歌い終えると、まず腕時計に視線を向ける。

 「『3時間10分だったな』とかね。人に芸を見せているので、自分が没入したら終わりだから」

 先月11日から3年ぶりの全国ホールツアーが始まった。

 「僕は“同世代音楽”でやってきて。吉田拓郎さんがお客さんに『あんたたちも年取ったよね』と言っていたけど、僕のお客さんも割と近くて。90年代からいつやめようかとやってきて。幸運なことにまだ現役でやれているのは、お客さんが来てくれるから。お客さんは、呼ぶんじゃなくて来てくれるんです」

 最新アルバム「SOFTLY」は4日付のオリコンアルバムチャートで初登場1位を獲得。昭和、平成、令和の3元号、20~60代の5年代での1位を獲得する偉業を達成したが、山下は言う。「これからなんだ」と。

 「(人形浄瑠璃の)桐竹勘十郎さんは、人間国宝になったのが68歳。友人はリタイアしているのに、僕は『これからなんだ』と話されていて。だから、僕も頑張ろうかなって。まだオリジナルキーだし、健康管理してね」。そう言うと、「歯も全部自分のだしね」と白い歯をのぞかせて笑った。「でも、またレコーディングに使う機器が変わるんだろうな。ほとんど電器屋の陰謀でね」。半世紀を駆けたキャリアと経験に裏打ちされた言葉に、時折交じるジョーク。そこに、あの曲と詞と、歌声が重なる。無敵の69歳だ。

 ◆山下達郎に聞く

 ―年を感じることは?

 「加齢はありますよ。ウォームアップとかしないとダメですから。でも声は、どんなにトレーニングしても出ないもんは出ない。主治医は『毎日声を出せ』と言いますけど、必死にやっても出ないもんは出ない。15分間くらい浪曲の声合わせみたいなことをするのと、ウォーキングくらい」

 ―最近のヒット曲の印象。

 「若い頃からあまり興味がないです。ビルボードトップ10とかじゃなく、その下あたりを聴いて。日本の音楽は、あまり聴きません。字数が多すぎて、ついていけない。俳句とかね、言葉と言葉の間にあるモノが重要だと思っています。僕なんか、言いたいことの3分の1くらいで曲が終わっちゃう」

 ―自宅では何の音楽を聴いているか。

 「最近は、落語とか浪曲ですね。寝るときは落語を。僕らの世代は基礎教養として、小さな頃から習慣です。言霊ですよね。一流の落語家のリズムとか。あとは、グローバルトップ50(Spotifyのプレイリストで、全世界の楽曲での再生数トップ50)。好き嫌いじゃなくて、時代の空気感なので近接していないといけない。『新譜なんて聴かない』じゃなくて、空気がありますから。洋服と同じですよ。微妙にスーツの丈が変わっていたり。それを感じておかないと」

 ―どれくらいレコードを所持しているのか。

 「CD、アナログLP合わせて6万枚。1室にね。ちょっとあふれてきて、どうしようかなって思っているとこ。A~Zでそろえるのに、2年半くらいかかりました」

 ―プロデュースしたい人は?

 「若い頃は、弘田三枝子さん、やってみたいなとかありましたけど。でも70歳を前にして、今は自分で精いっぱいだから」

 ―どこで作詞・作曲をするのか。

 「ピアノの前ですね。風呂場で思いつくタイプじゃない。詞が大変なんです。詞さえなければ、この世は天国。リポート用紙1冊みたいな。首都高を1周しながら公園で降りてとかね。ウォーキングにノートだけ持っていくとかもやりますね」

 ◆山下 達郎(やました・たつろう)1953年2月4日、東京都生まれ。69歳。75年、バンド「シュガー・ベイブ」の一員としてデビュー。76年にアルバム「CIRCUS TOWN」でソロデビュー。「RIDE ON TIME」(80年)、「クリスマス・イブ」(83年)、「さよなら夏の日」(91年)、「ずっと一緒さ」(08年)、「希望という名の光」(10年)など各年代でヒット曲を連発。82年、歌手の竹内まりやと結婚。

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