あの日テレビの前で胸を躍らせた名勝負、レジェンドが振り返るあの一戦から、世界最大のプロレス団体WWEで活躍中の日本人スーパースターの最新情報まで、プロレス&格闘技の様々な情報をお届けする「ファイト報知」。担当記者の熱がこもった原稿をお楽しみください。

藤波辰爾「50年の名勝負数え唄~WRESTLING JOURNEY~」<51>アントニオ猪木と伝説の60分フルタイム【上】…1988年8・8横浜文化体育館

藤波辰爾
藤波辰爾

 プロレス界のレジェンド藤波辰爾(68)が今年、デビュー51年目を迎えた。16歳で日本プロレスに入門し、1971年5月9日に岐阜市民センターでの新海弘勝(北沢幹之)戦でデビューした。スポーツ報知では半世紀を超える数々の名勝負を藤波に取材。「藤波辰爾、50年の名勝負数え唄~WRESTLING JOURNEY~」と題し、毎週金曜日に連載する。51回目は「アントニオ猪木と60分フルタイム【上】…1988年8・8横浜文化体育館」。

 ビッグバン・ベイダーから初めてフォールを奪った名古屋レインボーホールを経た7月。新日本プロレスは藤波の次期挑戦者を決める挑戦者決定リーグ戦を開催した。そこにアントニオ猪木が参加した。

 「僕はまさか猪木さんが出てくるとは思わなかった。出てもどっかで辞退すると思っていた。猪木さんが僕に挑戦することはあり得ないと思っていた」

 結果は猪木がリーグ戦を勝ち上がり、藤波への挑戦権を獲得した。試合は、8月8日、横浜文化体育館。当時はゴールデンタイムから撤退した時代となっていたが、テレビ朝日がゴールデンタイムで特別番組を用意し生中継した。看板カードに「猪木対藤波」が用意された。

 「あの時は新日本プロレスの会社の中がそういうものしか頭が浮かばなかった。外国人選手をぶつけようとかなかった。困った時の猪木・藤波戦じゃないけど、それしかなないという感じだった」

 真夏の戦いに向け藤波はコンディションを整えた。

 「自宅でも食事は家内が酢の物を多く出してくれたり、特製ジュースを用意してくれたりして体調を整えた」

 迎えた猪木戦。当時、藤波は35歳だったが10歳上で45歳となった燃える闘魂の驚異を藤波は体感する。(続く)

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