オスマン・サンコンの母国愛…医療と教育で貢献 次の目標は「ギニア版たけし日本語学校」ゾマホンに続く

いつも笑顔の絶えないオスマン・サンコン
いつも笑顔の絶えないオスマン・サンコン

■インタビューその4コン♪ ギニア大使館顧問でタレントのオスマン・サンコン(73)は篤志家として母国・ギニアの振興に心血を注いでいる。ボランティアで医療と教育に携わり「サンコン小学校」も開設。次なる目標として、元駐日ベナン大使でタレントのゾマホン・ルフィン(58)がお先に実現させたあのプロジェクトを掲げた。(取材・構成=田中 昌宏)

 ―日本とギニアの架け橋として活動している。

 「アフリカ(サハラ砂漠以南)の平均寿命、55歳なんですよ。最近また下がってる。だってエボラ、コロナ、マラリア。いろんな病気があるんでね。僕70歳になると思ってなかったよ。だってオヤジも65歳で亡くなったもん。やっぱり日本の医療はすごい。それと水。これが大事。ギニアに行く時は、日本の水を買って持っていくよ」

 ―サンコンさんでもギニアの生水を飲んだらおなかを壊すんですか。

 「そう、いつも。だから毎回、箱で正露丸を持っていくのよ。マジで。近所に配るからね。僕は現地の水を飲まないし、現地の水では歯も磨かない。それと『徳洲会』(医療法人)の徳田虎雄先生(創設者)から透析(の機器)を10台もらってね。『ギニア透析センター』というのがあります」

 ―ギニアに人工透析が必要な人は多いんですか。

 「多いですよ。肥満が多いから。ギニアの人、みんな太ってる。みんなおなか出てる。脂っこい食べ物が大好きで糖尿病になっちゃう。最初、ギニアに(機器が)2つしかなくて、そのうち1つが壊れてたの。12~13年前。マジの話ですよ。だから虎雄先生の村(鹿児島・徳之島)までお願いに行きました。その縁で僕、徳之島の観光大使になったの。だから結構詳しいよ。僕の国ではお世話になってる人のご先祖様のお墓参りをするのは当たり前なんです。だから徳之島に行くたんびに必ず花束持って(徳田家の)お墓に行きますよ」

 ―ギニアの医療、教育の普及に貢献。

 「僕、日本ギニア友好協会を作ったんですよ。そこを通して正露丸とか文房具とかランドセルとか送ってるんです。『サンコン小学校』も建てました。僕の生まれた(ボケ州の)ボッファというところに。最初は学校まで2~3時間かけて歩いてる子どもがいるって聞いたの。だからその子たちが(長くても)1時間しか歩かなくていいように計算して建てたんですよ」

 ―素晴らしいです。

 「今、ボッファに行ったら小学生はみんなランドセル持ってる。日本のランドセルは(中古でも)丈夫ね。うちの新しい奥さんも友好協会の会長になって、ランドセルを集めるの(慈善活動を)やってるんです。ギニアの子どもに鉛筆を1本あげたらすごい笑顔。日本人の子どもなら『何これ?』でしょ。でも跳びはねて喜んじゃうの。そっか、全然違うなって思ってね」

 ―最近はいつ帰国しましたか。

 「2月に行ってきました。(経由地のアラブ首長国連邦の)ドバイで万博(国際博覧会)を見たの。日本パビリオンもギニアパビリオンも見て。そこからギニアに行ったの。ギニアで去年の9月5日にクーデター起きたんです。(戒厳令が発令されて)ライフルを持った軍隊はいるし、夜8時以降(家を)出ちゃいけないとか。だから貿易も全部ストップ。国民ものすごく苦労してる。働いてる人、外務省の人も3~4か月給料もらってないんですよ。きのうもテレビを見たら、国連に『早く選挙しなさい』って言われてるのね。今はそういう状態。国がアンバランスなの」

 ―今後、母国への貢献で考えていることはありますか。

 「日本語学校を作りたいですね。ゾマホンが、たけちゃん(ビートたけし)や所さん(所ジョージ)の援助でベナンに学校を6つくらい持ってるの。それで6軒目に日本語学校(たけし日本語学校)を作ったの。僕もやりたいんですよ。日本語を覚えたら日本に行きやすくなる。日本も人手不足なんでね」

 ―現在はギニア大使館の顧問でもあります。

 「大使館の補佐官みたいになってね。在日ギニア人に、ごみの分け方とか、近所迷惑は良くないとかを教えるの。アフリカ人は明るいから、声出すの好きなのね。音楽もボリューム上げてかけるし。だから近所に住むと日本人が出ていっちゃうんだって。毎年1~2回大使館で集まって、ミーティングとギニアの料理。そういう時も僕しゃべるの」

 ―それは在日ギニア人も心強いでしょう。

 「僕、外交官として日本に来て、テレビに出て、芸能人になって、あっちこっちで講演に呼ばれるようになった。それを30年以上やって、いつも(予定の)90分じゃ足りないくらい話をしてるの。そのおかげで、向こうの貧乏な人たちを助けてあげることができた。正直、非常にありがたいです。ODAでもギニアは日本に大変お世話になってるんでね。やっぱりそれ、忘れないですよ!」

(おわり)

 ◆オスマン・サンコン(Ousmane Youla Sankhon)1949年3月11日、フランス領ギニア(現ギニア共和国)ボケ州ボッファ生まれ。73歳。コナクリ大、仏ソルボンヌ大を経て72年ギニア外務省入省。同年開設の駐日ギニア大使館員として初来日。米国赴任を経て84年に外務省を休職して再来日。フジテレビ系「笑っていいとも!」出演をきっかけにタレントとして活躍。2017年に旭日双光章授章。18年に第3夫人としてグラビア演歌歌手の北山みつき(54)と結婚。20年に日本ギニア友好協会を設立。ギニアに「サンコン小学校」を設立するなどボランティア活動を行っている。現職はギニア大使館顧問。身長162センチ。

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